イラン攻撃の開始以来、事実上の封鎖状態が続くホルムズ海峡(AFP=時事)
アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃で、緊迫の度合いを増す中東情勢。戦争終結はどのような形で実現し得るのか。『危機管理の日本史』などの著書がある歴史作家の島崎晋氏が、イランへの軍事作戦にアメリカを引きずり込んだとされるイスラエルが当初から目論むとされる「イランの体制転換」の実現可能性について考察する。【前後編の後編。前編から読む】
西欧式の「民主化」は可能か
イランが1978年の革命前の王朝体制に戻る可能性が低い以上、西欧式の議会制民主主義を導入する道はあるのか。その点は中東における前例を見れば明らかだろう。2011年に始まる「アラブの春」で長期独裁政権を倒したチュニジアでは民主主義が上手く機能せず、失業率の高さや汚職の蔓延により、国民の間に失望感が広まり、再び大統領の強権化が進みつつある。
一方、2003年、アメリカ軍中心の有志連合によりサダム・フセインの独裁政権が倒されたイラクでは、北部にクルド自治区が設けられ、その他の地域では普通選挙が実施された。そこで生じたのは数の暴力とコネによる不正の横行、および独裁政権下とは逆に、国民全体の過半数を占めるシーア派住民が、イスラーム世界全体で見れば圧倒的多数派のスンナ派住民より優位に立つ状況だった。蓄積されたスンナ派住民の不安と怒りがIS(イスラーム国:過激派テロ組織)に付け入る隙を与えるなど、イラク国民としての一体感が醸成されるどころではなかった。現在も破綻国家に転落するか何とか踏み留まれるのか、大きな瀬戸際に立たされている。
また旧ソ連の構成国でイスラーム教徒が大多数を占めるアゼルバイジャンは、独立後に普通選挙と議会制民主主義を導入したが、上手く機能することなく、混乱をもたらすばかりだったので、国民の間には幻滅が広がり、現在では権威主義体制を支持する声が多数を占めている。
出口戦略を持たないトランプ米大統領は結局、ネタニヤフ・イスラエル首相の思惑に引きずられ、武力による現体制転覆と王政復古を断行するかもしれず、それは海外亡命中のリベラル派イラン人はもとより、イラン国内でも一定の歓迎をされると思われる。なぜなら、イラン・イスラーム共和国の憲法では、聖職者からなる護憲評議会という組織に議会で可決された法案に対する拒否権が与えられ、それが合法的な改憲や自由化を事実上不可能にしてきたからだ。
合法的な改革が不可能なら、国外勢力の力で体制そのものを破壊してもらうしかない。少なからぬ国民が心の中でそう思っているはずだが、問題は新たな政体と政権を担う受け皿である。
