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家族・親戚がそんなに大事? 「血縁信仰」から逃れれば人生は楽になる

「毒親」という言葉があったりしますし、血の繋がりがあるがために付き合わざるを得なくなった結果、不幸になってしまう人もいます。血の繋がりを軽視せよ、と言いたいわけではなく、もしも気が合わない、嫌いなのであればそのことを明言し、距離を置いたり縁を切る(ただし、法律上必要なその後の義務には従う)という考えでもいいのでは。

 こんなドライな考えに至ったのは、血縁者との接点がなくてもまったく困らない状況にこの20年以上いるからです。親にしても自分のことを独立した一つの存在として見てくれているし、姉も名古屋で子育てに奮闘していて、実弟に時間をかける余裕などない。いとこ連中にしてもおじ・おばにしても同様です。

 学生時代の親友であろうとも、社会に出たら疎遠になるのが世の常。それなのになぜか「血が繋がっている」というだけで、年末年始やお盆には親戚の会合が発生し、誰かが死んだら葬式に行くこととなる。

「この伯父さん、一生で5回ぐらいしか会ったことないんだけど……」みたいなことを思いながらも、親族からの「血の繋がった者としての参加は必須である」プレッシャーに負け、参加し、香典の徴収係なんかをやることになります。

 一方、とんでもなく仲の良かった人が亡くなった際、その人の葬儀のために色々とやりたくなることがあります。それこそ、受付とかもそうですし、火葬場にも行きたい。しかしながらそんな時に「親戚以外は無理です」なんて言われてしまう。

 成功して羽振りが良くなった人のところに、突然、血の繋がりがあるという人物が出てきて、「私は困窮した人生を送っているので、遠縁ではあるがあなたに助けてもらいたい」と言われた、なんて話も聞いたことがあります。

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