大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

“台湾のトランプ”は米中貿易戦争の救世主になれるか

 その一方では、目的が一致して自分の利益になるなら、誰とでもうまくやれるという一面もある。だから中国の習近平国家主席や李克強首相とも良好な関係を築き、人件費高騰などで深センの雇用が厳しくなったら工場を深センから成都に移して大成功したのである。日本でもシャープを買って再上場を果たし、アメリカに行けばトランプ大統領ともサシで話ができる関係になっている。

 国際的に活躍するビジネスマンで、交渉に強い。まさに「政商」であり、いわば“台湾のトランプ”である。

 もし彼が台湾総統になったら、トランプ大統領と同様に自分の側近を重用し、思いついたことを次々に独自の政策として打ち出すに違いない。たとえば、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用して最先端国家を目指すとか、役人の数を5分の1に削減するとか言い始めるのではないか。

 実際、すでに郭氏はトランプ大統領との会談で、自分が台中間および米中間の和平の推進と経済的な関係改善の調停者になりたいという考えを示しているが、そもそも今回の総統選候補出馬も、したたかな計算に基づいたものだと思う。

 なぜなら、国民党の党内予備選、もしくは総統選で負けたとしても、彼が失うものは何もないからだ。国民党の総統候補に名乗りを上げたということだけで、民進党の蔡英文政権を毛嫌いしている中国政府は感謝する。中国との関係改善を訴えれば、なおさらだ。鴻海の会長からは6月の定時株主総会で退任すると表明したが、役員にはとどまり、経営から手を引くわけではない。もし総統になれなかったとしても、元の会長職に復帰するだけだろう。

 また、台湾の一般庶民は郭氏の表面的なところしか知らないから支持するだろうが、彼は独断専行・唯我独尊なので、それを知る経営者や財界人からは嫌われていて、友人や親しく付き合っている人は国内にはほとんどいない。だから、郭氏が国民党の総統候補になったとしても、その後の選挙戦で彼が総統にふさわしくないと考える人たちが傲岸不遜な実像を暴露したり、民進党が彼と中国政府の密接な関係を追及したりすれば、支持を失っていく可能性もあると思う。

 要するに、郭台銘は国民党最強のワイルドカード(※トランプなどのカードゲームで、どんなカードの代わりにでも使える特別なカード。転じて、不確実な要素や予測不能な要素、カギを握る重大な要素などのことを比喩的に表わす)なのだ。米中貿易戦争の行方とともに、台湾総統選からも目が離せない。

※週刊ポスト2019年6月7日号

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