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介護施設入居直前になっても自宅にしがみつきたい93才母の本音

介護施設への入居直前に何があった?(イメージ)

介護施設への入居直前に何があった?(イメージ)

 体当たり企画などを得意とする『女性セブン』の名物ライター、“オバ記者”こと野原広子さんは、93才の母親を介護を続けている。施設に入ることとなった母親とオバ記者はどう向き合うのか。オバ記者がリアルな苦悩を綴る。

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「見た? すごかったねぇ。私、完璧な歌声に泣いたよ」

 友達が朝から電話で大興奮。何かと思えば、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』(NHK)で、物語の鍵となる曲『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』を歌った世良公則(66才)のことよ。

「彼、2才年上なんだよね」

「てことは、郷ひろみと一緒? 中学1年のときに見た3年生ってまさに大先輩。すごく大人に見えたけど、その世代が60過ぎたいまも頑張っていると思うと」うんぬん。

 なるほどたしかに、ちょっと上の世代が現役バリバリでいてくれると、どれほど励まされるかわからない。

 それはそうと、ドラマの中で何度も出てくる「日なたの道を歩く」というセリフを、つい先日まで茨城の実家に帰っていた私は、93才の母親と聞いていたの。母はといえば、私の作った煮物から納豆、めかぶ、漬物まで、全部ご飯茶碗に入れてぐちゃぐちゃにかき混ぜて、無言で食べている。母は大腸に持病があって、大便をどんどん出す薬を服用しているから、朝食の間も目が離せない。

「ん?」と箸が止まるや車椅子から立ち上がり、ポータブルトイレで用を足そうとするのを、私は寸分の遅れもなく介助する。母は無事にコトが済むと、何事もなかったようにまた朝食を続けるけれど、私は「かなわねえなぁ」と毎回ガックリと疲れて、小一時間くらい、自分の食事を用意する気になれない。そのときに、人が「日なたの道を歩く」とはどういうことか考えたの。

 4か月前、母の「危篤」を知らされた私は、看取りのために帰省した。一命をとりとめた後、せめて最期は、と自宅介護を始めた。ご飯を作り、母の口に運んだ。幸い母の体調は徐々に回復し、体を起こして、ポータブルトイレで用を足せるようになった。ひとりの人間にここまで密着して生活したことは、64年生きてきて初めてだ。

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