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「このままでは日本の酪農業は壊滅する」 「牛乳余り」が直撃した酪農家の窮状と、無策すぎる政府の責任

GATTウルグアイ・ラウンドの影響は今も続いている(1994年に世界貿易機関を設立するマラケシュ協定が作成された。時事通信フォト)

GATTウルグアイ・ラウンドの影響は今も続いている(1994年に世界貿易機関を設立するマラケシュ協定が作成された。時事通信フォト)

「牛乳余り」なのに「輸入は継続」

 もう一つ、酪農危機にあたって政府がやるべきなのは、「輸入の停止」だ。

 しわ寄せは生産者に押し付けられ、「生乳が余るので、北海道では約14万トンの生乳を減らす」と生産者団体は決めざるを得なくなった。だが一方で、政府は生乳に換算して約14万トン分に及ぶ乳製品を、海外から輸入している。この輸入をやめればいいだけではないのか。

 この約14万トンの乳製品輸入は、1993年に合意に至ったGATT(関税および貿易に関する一般協定)の「ウルグアイ・ラウンド」合意において定められた「カレント・アクセス」である。だからやめられない、というのが政府の説明だ。

「ウルグアイ・ラウンド」合意では、輸入量が消費量の3%に達していない国は、消費量の3%を「ミニマム・アクセス」として設定し、それを5%に増やす約束をしている。日本はすでにそれ以上の量を輸入していたので、それを「カレント・アクセス」として、低関税で輸入する量に設定した。どこにも枠全体の量を輸入すべきとは約束されていないのに、日本だけが、全量輸入をやめられないというのだ。

 しかし、これは「最低輸入義務」ではない。あくまで「低関税を適用すべき輸入枠」であり、アクセス機会を開いておくことが本来の趣旨である。事実、欧米諸国は乳製品を無理に輸入していない。その一方で、日本は国内で牛乳が余っていようが、約14万トン以上を毎年輸入している。

 日本が「牛乳余り」に苦しんでいる今、この輸入を一旦停止すべきではないだろうか。それすらできないというなら、一体何のための政府なのか。

「牛乳余り」は政府が自ら作りだした人災である。酪農家は、牛乳を1キロ搾ると30円の赤字にあえいでいる。酪農家とメーカーとの間の取引乳価は少しあがったが、赤字解消にはほど遠い。せめてもの策として、キロ10円程度の赤字補填を含め、政府が今ここで責任ある対応をしなければ、今後日本で酪農家を目指す人がいなくなってしまいかねない。

【プロフィール】
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)/東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1958年生まれ。三重県志摩市出身。東京大学農学部卒。農林水産省に15年ほど勤務した後、学界へ転じる。九州大学農学部助教授、九州大学大学院農学研究員教授などを経て、2006年9月から現職。1998~2010年夏期はコーネル大学客員助教授、教授。主な著書に『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)、『食の戦争 米国の罠に落ちる日本』(文春新書)など。最新刊は『世界で最初に飢えるのは日本 食の安全保障をどう守るか』(講談社+α新書)。

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