世界的なEV(電気自動車)シフトに対応すべく、日本でも協業の動きが活発化しているなか、事態が動いた。3月に発表された日産とホンダの協業検討に三菱自動車も加わり「3社連合」になったのだ。表向き関係は進展しているように見えるが、各社の思惑やいかに。長年、自動車業界を取材してきたジャーナリストの井上久男氏がレポートする。
資本提携による「関東連合」ができるのではないか
「(3月の発表時の)前回、握手は時期尚早だったが、今回は握手できる関係にまで進展した──」
8月1日、日産自動車の内田誠社長とホンダの三部敏宏社長が共同で記者会見した際、三部氏はこう切り出した。
同日、両社は次世代EVに関して共同研究契約を結んだと発表。EVの車載ソフトや電池(バッテリー)、モーターとそれを制御するパワー半導体などで構成される「イーアクスル」で仕様を共通化、電池に関しては相互供給も行なう計画だ。
次世代EVはパソコンやスマートフォンのように基本ソフト(OS)によってあらゆる機能が中央制御されるようになる。
この「クルマのスマホ化」により、各社はソフトウェアの優劣で差別化を図る局面に突入した。
(以下、自動車業界関係図と共に「ホンダ&日産両社長の『握手の思惑』」を詳細解説)
業界では勝ち残るためのカギになるのは開発のスピードと莫大な開発費を回収するための規模の大きさだと言われている。
1日の会見では、両社の協業スキームに三菱自動車が参画することも発表された。日産は現在、三菱の株式の34%を保有して傘下に収めており、「3社連合」が成立する可能性が高まる。
三菱自動車は2023年度のグローバル販売が約82万台。規模はホンダの5分の1程度だが東南アジアに強く、タイで主力のピックアップトラック「トライトン」などが有名だ。技術ではプラグインハイブリッド(PHV)の評価が高い。実はピックアップトラックやPHVはホンダにはない技術で、「社内では日産よりも三菱に対する評価が高い」(ホンダ社員)との声もある。
2023年度の3社のグローバル販売を合計すると約850万台。世界首位となる1100万台を売ったトヨタ自動車の背中が見える位置取りができる。
今回、協業について大まかに合意した分野を見ると、車載OSは人間の器官で言えば「頭脳」、電池は「心臓」、実際にタイヤを動かすイーアクスルは「手足」だ。次世代車の主要機能でがっちり手を握ることになる。
私は今後、この3社が資本提携にまで踏み込む可能性は高いと見ている。他社幹部からも3社の本社がともに関東にあるため、「資本提携による『関東連合』ができるのではないか」という声が聞こえてくる。
日産とホンダの開発哲学の違い
現に三部氏も「現時点で資本提携の話はしていないが、否定するものではない」と含みをもたせた。内田氏は「現在はWHAT(何をするか)が中心だが、今後それがHOW(どのようにするか)に変化していく」と述べている。
資本提携にまで踏み込む関係になれば、日本の自動車産業はトヨタとトヨタが出資するスバル、マツダ、スズキ、いすゞといった広義の「トヨタグループ」と、「関東連合」の2大勢力に大きく分かれることになる。
しかし、日産とホンダは企業文化や開発哲学が違う。一例を挙げると、「(カルロス・)ゴーン経営」を経てコスト重視の経営をしてきた日産に対し、ホンダは潤沢な開発費をバックに贅沢な開発体制を敷いてきた。こうした両社が折り合いを付けながら、確実な協業体制を構築できるのか。
今年6月中旬、協業交渉に携わる関係者からこんな声が漏れてきた。
「協業交渉が予定通り進んでいない。交渉の実務責任者同士の意見が噛み合っていないようだ」
たとえば、電池の交渉の実務責任者は日産側が平井俊弘専務で、ホンダ側が小栗浩輔BEV開発完成車開発統括部長。平井氏は1984年入社で年齢は60代。日産のパワートレイン領域を牽引してきた代表的な技術者の一人だ。これに対し、2001年入社の小栗氏はまだ40代だ。
「2人は世代も違うため、今後の技術がどうあるべきかについてなかなか折り合いがつかなかったようだ」(前出の関係者)
内田氏は会見で「課題認識は現場レベルに行くほど同じだった」と語ったが、実態はやや違うのではないかと感じている。なぜなら、両トップの考えが一致しても、実務レベルになると交渉が難航したと聞くからだ。
実際、当初6月末までに結論を出す方向で動いていたが、発表は目論見より1か月近く遅れた。
本当に対等な関係が構築できるのか
今回の協業交渉では、6つのワーキングチームができた。その実務責任者に、ホンダは小栗氏のほか社内で「四天王」などと呼ばれる将来の社長候補たちを配した。
ホンダの人材起用の発想はかつてゴーン氏が日産を再建する際に、40代の若手を「クロスファンクショナルチーム」の責任者に登用した発想と似ている。会社の将来を支える人材に提携戦略を練らせたのだ。
これに対し、日産側はゴーン氏が経営トップの頃から役員や理事だった“古手”が実務交渉の責任者となっていたという。
加えて日産の急速な業績悪化を見たホンダ社内の一部から「このまま手を組んで大丈夫か」という声が漏れ始めたことも、交渉のスピードが遅くなった一因だと見られる。
日産の2024年4-6月期決算での営業利益は前年同期比99%減の10億円。各社の好業績とは対照的に、8月8日付読売新聞朝刊は自動車大手7社の経営概況で日産だけ「雨」マークを付けた。
これに対し、同期間のホンダの営業利益は22.9%増の4847億円で四半期として過去最高を更新。金融関係者からはこんな見方まで出ている。
「販売規模では日産とホンダはほぼ対等でも、収益力や財務力では差があり過ぎる。本当に対等な関係が構築できるのか」
企業価値を示す時価総額は8月15日時点でホンダが約8兆1655億円あるのに対し、日産は4分の1にも満たない1兆6000億円程度だ。
今の業績では手元資金が減少し、日産がホンダとの協業に関してこれからつぎ込める資金は限られてくるだろう。
「日産の『金詰まり』が両社の協業を具体化させるうえで大きなネックになりかねない」(同前)
カギを握る三菱自動車の動き
こうした局面を打破するためには何が必要か。ここでカギとなるのが、三菱自動車の動きだ。
2016年に日産が三菱を傘下に収めた際に10年間は株式を保有する契約とされ、2026年にその契約内容が見直される。
その際に日産が保有する34%分を同社のPHV技術などを狙うホンダに売る可能性が出てくる。34%は現在の時価で約2000億円。今の日産にとって現金を得られる数少ない資産だ。
かつて燃費不正データ問題で窮地に立たされた同社を救ったのが日産だった。そんな三菱株が「関東連合」をつなぐ重要な要素になっているのだ。
ただ三菱自動車の経営は、日産以外に三菱商事や三菱UFJ銀行も一定の影響力を持っている。三菱グループの意向もホンダ主導による3社連合の成立に影響してくるだろう。
ホンダも日産のステークホルダーを巻き込みながら主導する覚悟が求められる。長期的視点で組まないと、規模のメリットを享受できないはずだ。
日産の業績がさらに落ち込む前に手を打たないと、アクティビストらが日産に群がり、両社の協業構想自体が白紙に戻ってしまうかもしれない。
【プロフィール】
井上久男(いのうえ・ひさお)/ジャーナリスト。1964年生まれ。大手電機メーカー勤務を経て、朝日新聞社に入社。経済部記者として自動車や電機産業を担当。2004年に独立、フリージャーナリストに。主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』などがある
※週刊ポスト2024年8月30日・9月6日号