情けは人のためならず──古来から言い伝えられてきた“ことわざ”がいま、最新の知見によって科学的に証明されつつある。人生を好転させる“人助けの回路”を活性化させる方法を、生物学者で青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授の福岡伸一さんに教わろう。
日本の女性は「世界一」──7月末に厚生労働省が発表した日本人の平均寿命の最新データが注目を集めている。女性が87.14才、男性は81.9才。いずれも3年ぶりに前年を上回る結果になったこと、そして日本人女性の平均寿命が世界で最も長くなったことが明らかになった。
内閣府の予測によれば、2065年には日本人女性の平均寿命は90才を超えるとされ、今後もさらなる“延び”への期待が高まっているが、福岡伸一さんは「人間の寿命がここまで長くなったのは、私たちが持つ“利他的な脳”の賜物」だと話す。
「セミは数年、キリギリスならば数か月。生物の寿命は生殖と密接に関係しており、多くの生き物は子供をつくってすぐに命を次の世代に譲り、退場します。しかし人間だけは生殖年齢を終えてからも長い時間が残されていて、結婚しなくても、子供を持たなくてもいい自由を初めて獲得した生物でもある。
生殖しなくてもいい自由がありながら人類が繁殖し、これだけ長寿化できたのは、損得勘定を抜きにして他者を助けようとする“利他性”が脳の神経回路の基礎メカニズムとして備わっているからです。とりわけ生殖年齢を終えた世代、おじいさんおばあさんたちが次世代に積極的に知恵を授けてきたことが大きい」
福岡さんによれば、最新の研究によって生物には遺伝子レベルで利他的な振る舞い、つまり“人助け”をする生物学的なしくみが備わっていることが明らかになりつつあるのだという。特にアメリカでは“利他的な脳”を解明するための大規模な実験や論文が次々に発表されている。福岡さんは脳神経科学の第一人者であるドナルド・W・パフ氏がそれらをまとめ、解説を加えた科学書『利己的な遺伝子 利他的な脳』(集英社)を翻訳・上梓した。
「つまり、積極的に他者を助けて脳に存在する“利他性”に関する神経回路を活性化させることで自分自身も生物として強く、また幸福に生きられるのです」(福岡さん・以下同)