米国社会の根本的な問題は「所得分配の失敗」
1980年代以降、米国において規制緩和が進み、市場原理主義が広く社会に浸透した結果、資本のグローバルな移動が加速、製造業の海外流出、産業の空洞化が生じた。同時に、シリコンバレーのイノベーション企業やウォール街の金融機関などで働く都市型エリート層に富が集中し、中間層の実質賃金は十分に増えず、ラストベルト(米国の東部や中西部にまたがる「錆びた工業地帯」)の労働者が次々に職を失うことになった。つまり、所得分配の失敗が根本的な問題であり、現在の市場原理主義やその帰結であるグローバル金融資本主義経済ではそれを解決できないといった深刻な懸念が社会全体に大きく広がったからではなかろうか。
もし、トランプ政権が米国に製造業を取り戻すことができれば、労働者たちに比較的待遇の良い職をたくさん用意できるかもしれない。中国をできる限り米国の経済システムから遠ざけることができれば、多くの職を生み出す米国企業を守れるかもしれない。しかし、それは不可逆的に進む技術の進歩、経済システムの進化に逆行する。
新型コロナ禍から完全に脱却した後の2023年以降グローバル株式市場は、性能が飛躍的に高まり、実用レベルに達した大規模言語モデル「チャットGPT-4」の登場や、AI開発競争の加速によるNVIDIA(エヌビディア)の業績急拡大などをきっかけに、AI関連をテーマとした大相場が展開された。一部の市場関係者、投資家は今後10年以内に、シンギュラリティ通過が起こり、人類の能力をはるかに超えるレベルのAIが社会の隅々まで浸透し、社会を一変させると予想するようになった。
2025年に入り、中国ではチャットGPTに匹敵するかそれ以上の性能を持つとされるDeepSeekが登場、極めて安い価格で、しかもオープンソースでそれを提供したことをきっかけに、中国国内ではAIの社会実装が急速に進むことになった。同時に、頭脳に当たるAIの急速な進歩により、人型ロボットが実用化の段階に入っている。
今後、中国、米国ではAI、ロボットの社会実装が急速に進むのは必至である。自動車のような加工組み立て産業も、鉄鋼、アルミなどの素材産業も、AI化、ロボット化による労働者の大幅な削減は避けられない。トランプ大統領の米国第一主義では所得分配の失敗を克服するのは難しいのではないだろうか。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。