いざという時にマイナンバーカードが使えないと煩雑な手続きに追われることに(写真:イメージマート)
親の認知症で家族が苦労するのは、医療や介護の側面だけではない。本人の意思確認ができないことで、行政や金融などあらゆる面で「手続き」ができなくなるのだ。いざという時では手遅れになる、事前に済ませておくべき手続きとは何か。
郵便物の転送手続きを怠ると重要書類が「行方不明」に
親の老いが顕著になるにつれ、「足腰が弱る前に旅行に連れていきたかった」「もっと話を聞いてあげたかった」などの思いが去来するが、親が元気なうちにすべきことは他にもある。特に、老親の「認知症」が、子の気付かぬうちに進んでしまった場合は対策が後手になりがちで、深刻な事態を招くことがある。母の介護経験がある教育・介護アドバイザーの鳥居りんこ氏が言う。
「往復3時間をかけて母のもとに通う遠距離介護生活では、役所や金融機関などの『手続きの煩雑さ』に悩まされました。公的書類の難解な言葉、役所の受付時間、複数の銀行口座の残高確認などが積み重なり、大きなストレスを抱えてしまった」
各種手続きで盲点だったのは、郵便物の転送手続きだった。見落としがちだが、これを怠ると重要な書類が「行方不明」となり、その後の各種手続きに支障をきたすことがある。鳥居氏は「『しっかり者の母がボケるはずはない』との思い込みが、様々な対応を遅らせる一因となった」と振り返る。脳内科医の加藤俊徳氏(加藤プラチナクリニック院長)はこう言う。
「認知症の進行には段階がありますが、簡易の認知機能検査『MMSE』や『改定版長谷川式スケール』、さらに脳画像MRI検査でも初期の変化はわかりにくいのが実情です。ご家族が異変に気付いて病院を受診する頃には、認知症がすでに中等度に進行しているケースが少なくありません」
東京都在住の会社員A氏(50代男性)が言う。
「母が亡くなってから千葉の実家で一人暮らしを続ける80代の父とは、通院や買い物の付き添いで月に2回ほど会っていました。2年ほど前から物忘れがひどくなり、会話が通じない場面が増えたと思っていたら……」
通院先の総合病院での検査の結果、「軽度から中等度の認知症に移行しつつある」と指摘されたという。「待ったなし」と判断したA氏は弟と相談し、実家を処分して介護付き老人ホームへの入居を検討。ところが、その後、思いもよらぬ困難に直面することになった。親が認知症になると、子はどんな困難に直面するのか。事前にできる対策とは何か。実例をもとに見ていく。