デビュー前からファンを作っていく仕掛け
韓国のアーティストはデビュー前から、XやYouTubeのアカウントを作成し、MVだけでなくライブやVlog、バックステージ映像といった関連コンテンツを更新しプロモーションに力を入れています。それも「ライブなどのついでに撮影する」のではなく、関連コンテンツを専門に撮影するクルーを帯同させて、クオリティの高い映像が用意されるようコストも掛けている様子が見て取れます。
それらのコンテンツがVLIVEのようなコミュニケーションやマネタイズを得意とするものも含めたグローバルのプラットフォームを通じて、世界に向かって拡散していきました。おそらく彼ら自身が想像していた以上の拡散力で、世界の人々に届いていたわけです。
ITスタートアップなどでは最初から全力で取り組む初日のことを「Day1」と呼んだりしますが、まさにK-POPの世界ではグローバルプラットフォームをDay1から最大限に活用しています。SNSはファンがついてブランドが確立してから少しずつスライスしていこう、などと言っていては敵わないわけです。グローバルプラットフォームにコンテンツを置く(投稿する)、ユーザーともコミュニケーションを取る、というところからスタートするのが重要です。
グローバル展開を後押しするファンダムの活躍
IT面でのハード(スマホ)・ソフト(ストリーミング)の進化で、ここまで述べてきたように一気通貫でのグローバル展開は可能になりました。ただ、もうひとつ大きな壁があります。そう、言葉の壁です。
そこで大きな役割を果たしているのが字幕です。VLIVEの場合は、ファンが自発的に字幕を加えることでさまざまな言語に対応が可能になっていますし、YouTubeでは自動翻訳の機能が備わっており、今後のAIの進化でさらに精度が上がって行くことも期待できます。ショート動画の場合は、Xなどでファンが動画を紹介する際、たとえば韓国語を英語に翻訳してくれている例もよく見かけます。
「ファンダム」という言葉が日本でも当たり前になってきました。ファン集団・ファンコミュニティを指すものですが、従来の“ファン”との違いは、単純に楽しむだけではなく、たとえばBTSヨーロッパ、BTSブラジルのようなファンによる非公式アカウントも立ち上がっており、翻訳をはじめとした「布教活動」を熱心に展開していたりもします。日本でも地下鉄の駅でファンがアーティストやキャラクターの誕生日などを祝う「応援広告」もよく目にするようになりました。
グローバルファンダムの活動は、翻訳に留まりません。たとえばBTSのファン(ARMY)の間では、アルバム『LOVEYOURSELF轉Tear』の米BillboardHot100での上位ランクインを目指すマニュアルがつくられていました。アルバムに収録された個別の楽曲とは別のアカウントでアルバムを購入するよう促すなど、かなり具体的な内容になっています。
世界中で、もちろん無償でこういった活動を促すことができるアーティストの力もさることながら、アプリやSNSを通じて可能になったアーティストとのコミュニケーションがファンに手応えをもたらしている面も大きいのではないでしょうか。
(第3回に続く)
【プロフィール】
鈴木貴歩(すずき・たかゆき)/ParadeAll株式会社 代表取締役。ゲーム会社・放送局でコンテンツ企画・事業開発を担当した後に、2009年にユニバーサルミュージック合同会社に入社。デジタル本部本部長他を歴任し、音楽配信売上の拡大、全社のデジタル戦略の推進、国内外のプラットフォーム企業との事業開発をリードし、2016年に起業。現在はParadeAll株式会社の代表取締役エンターテック・コンサルタントとして、日米欧の企業へのエンターテック領域の事業戦略、事業開発、海外展開のコンサルティング事業に加え、日欧のスタートアップのアドバイザーも務める。またJASRAC理事、米SXSW PitchやベルギーWallifornia MusicTech等のアドバイザリーボードも務めており、日本とグローバル、業界とイノベーションの橋渡し役を担っている。
※鈴木貴歩著『音楽ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋して再構成。