「動くと痛くなるかも」という不安への対処
運動を継続するうえで壁となるのが、動くと「また痛くなるのでは」という恐怖心です。この恐怖心や不安を和らげるために有効なのが、「痛みの神経科学教育(PNE)」と呼ばれる方法です。神経の構造や痛みが生じる仕組みを患者自身に学んでもらうことで、運動が痛みを軽くするメカニズムを理解でき、恐怖が減り、自然と身体を動かしやすくなります。
英国の著名な医学誌『Lancet』に掲載された研究では、運動療法に患者教育を組み合わせるプログラムが、単独プログラムよりも鎮痛効果が高いことが示されました。痛みは外から見えない(主観的な)ものであるため、患者本人の不安や捉え方次第で強くも弱くも感じられます。だからこそ、痛みと脳・神経の関係、脳・神経の変化、運動が脳にもたらす影響などを理解し、納得を伴った取り組みこそが、運動療法の効果をより確かなものにしてくれるのです。
「動くこと」が心と身体の回復につながる
慢性疼痛の改善には、理学療法士による運動療法に加え、作業療法士による行動療法や生活支援を組み合わせた包括的な治療プログラムが欠かせません。それは、患者さんの「仕事や日常生活で必要な動作」を支えるだけでなく、趣味や楽しみといった“生きがい”のある活動を再び取り戻すことを重視するものです。好きなことに打ち込む時間は、心の回復に大きな力をもたらします。
欧米ではすでに、「生活」と「趣味」の両方を支援し、できることの幅を広げてQOLを高める取り組みが進んでいます。身体を動かすことは、筋肉や関節の健康だけでなく、脳の働きを整え、ストレスを減らし、幸福感を高めることにもつながります。
運動は、単なる「リハビリ」ではなく、「自分で自分を回復させる力」を引き出す行為です。「動く」ことを通して、生活を取り戻し、好きなことを再び楽しむ──その過程こそが、慢性疼痛からの回復の大切な一歩になるのです。
「痛みは見えないため、患者本人の不安や捉え方次第で強くも弱くも感じられます」と語る松原教授
■前編記事:慢性疼痛の治療に「運動」が効く理由 脳が変わることで痛みが和らぐメカニズムとは【専門医が解説】
【プロフィール】
松原貴子(まつばら・たかこ)/神戸学院大学総合リハビリテーション学部理学療法学科・大学院総合リハビリテーション学研究科教授、愛知医科大学医学部疼痛医学講座客員教授。1991年神戸大学医療技術短期大学部理学療法学科卒業後、特定医療法人愛仁会千船病院理学療法士、神戸大学医学部保健学科助手、愛知医科大学学際的痛みセンター(現・疼痛緩和外科・いたみセンター)非常勤理学療法士、日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科教授を経て、2018年4月より現職。
取材・文/岩城レイ子
