伊藤孝惠・参院議員(右)が感じた「元リク」ならではの逆風とは?
「まだ、ここにない、出会い。」のキャッチコピーを掲げるリクルートは、日本企業のなかで異例の“人材輩出企業”として知られる。広告、ネットビジネス、スポーツ、スタートアップから官僚機構にいたるまで、業界のキーパーソンの出自をたどると「元リク」に行き当たることが驚くほど多い。
国民民主党の参院議員・伊藤孝惠氏も「元リク」女性の一人だ。伊藤氏はこれまで、マーケティングの発想で党のコミュニケーション戦略を設計し、データと現場感覚を行き来しながら政策の「届け方」を模索してきたという。
一方で、こうした“リクルート流”が政界で手放しに歓迎されているわけではない。「元リク」であること自体が、ときに偏見や反発の的にもなることもあるという。『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』の著者でジャーナリストの大西康之氏が話を聞いた。【インタビュー・全3回の第3回】
「リクルート出身」への風当たり
――リクルートマーケティング局のやり方は、政治の世界でも通用しますか?
伊藤:私は通用するどころか、必須だと思っているのですが、2016年に初当選したとき、あるベテラン議員に言われました。「あなたは今まで、リクルートで調子良くやってきたかもしれないが、この世界でそれは通じないからね」って。
あの日なぜ、ベテラン議員がわざわざ「通用しないぞ」と言いに来たのかは分かりません。調子に乗ってるように見えたのか鼻をへし折ってやろうと思ったのか、マウントを取ることに意味があったのか、単にリクルートが嫌いだったのか。
そういうリクルートへの風当たりの強さは確かにあって、初当選以来ずっとX(旧ツイッター)の某アカウントには「伊藤孝惠は元リクだから、ろくでもない」「元リク伊藤に騙されるな」などと書かれています。9年間ずっと続いているので相当嫌いなのだと思います。 「リクルートの人は仕事できるよね、アグレッシブでいいよね」などと敬意を表されるのと同じくらい、「リクルートって無条件に嫌い」と言う人もいて、リクルートは、何というか、「尊敬と嫌悪の間」に存在している会社のような気がします。
――そうですね。いまやリクルートは株式時価総額13兆5000億円で日本の10指に入ることもある「すごい会社」であることは認めるけど、「自分もあそこで働きたい」とは思われていない。
伊藤:弱肉強食の軽薄集団に見えるのか? 論理的思考を他者に求めすぎるのか? たしかに毎日、「ゴールは何?」「お前はどうしたいの?」と詰め倒されますよね。でも、この加圧トレーニングは、間違いなくビジネス筋骨を隆々にしてくれます。
20年近く前になりますが、当時、上司だった峰岸真澄さん(現・リクルートホールディングス代表取締役会長兼取締会議長)に懇親会の案内を持参した際、「それで、この会のゴールは何?」と問われ、「え! 飲み会のゴールですか?! こ…ん…しん…!?」としか答えられなかった自分を今でも悔いています(笑)。
リクルートでの数多の失敗を糧に現在は、法案質疑の際など、担当大臣に対し、立法事実のみならず、ターゲットとゴールを必ず確認するようにしています。さらには、ゴールに近づいているか否かを評価する指標と数値目標、いつどんなトレース(追跡)をするのか? 改善の方法や責任の所在など、国会議事録に残します。
ただ、どんなプロジェクトでも机上では正しくても、現場が回らないことはままあります。うまくいかなかったら即座に修正し、時に振り子のように真反対に振れたっていいのに、政治家は「不退転の決意で突き進む」ことを美徳とし、行政は「絶対に間違えたと言ってはいけない病」に侵されている。このような永田町常識の中で、いつしか忖度や隠ぺいが生まれ、あらゆる辻褄が合わなくなっています。
とくに政治と相性が悪いのがデジタルです。システムの不具合はゼロであることに越したことはありませんが、それは無理です。にも関わらず、システムの不具合について、デジタルに必ずしも詳しいとはいえない大臣を相手に、野党が吊るし上げをする国会質疑ほど不毛なものはありません。不具合は必ず起きることを前提に、いかに早くそれを検知し、改善する体制を整えるのか。その具体策やコストについて、指摘や対案を示すのが野党の役割です。
――リクルートでは、失敗した内容と改善した点をワンセットにして「ナレッジ(有益なノウハウ)」として語る文化がありますよね。それを共有するシステムやコンテストまである。
伊藤:そうでした。永田町にももっと、リクルートの「まずはフィジビリ(フィジビリティスタディ)でやってみよう」「β版でカットオーバーしてバグは使った人に教えてもらおう」という、前のめり感や失敗容認力があったらいいのにと思います。
なんていったら、また、ベテラン議員に「伊藤さん、政治はそんなものじゃないから」と叱られるんでしょうね。
