リクルート「卒業」の理由
――しかし2020年の東京五輪には間に合わず、大阪万博でも当初、計画されていたような「空飛ぶクルマが会場を飛び交う」光景にはなっていません。風当たりも強いのでは。
宮内:うーん、外から見るのと中にいるのとは少し違うと思っていて。外から点で見ると「あーあ、間に合わなかったね」ということかもしれませんが、中では毎日状況がアップデートされているので、そんなにがっかりしているということはなく、正しく計画変更している、という感じでしょうか。
大企業が新規事業として「空飛ぶクルマ」を開発する場合、本体で潤沢な利益があるので、保守的な計画でもよいと思います。しかしわれわれのようなベンチャーに保守的な計画は許されない。いつもチャレンジングな目標を持ち、開発を進めています。
大阪・関西万博の会場で、「実際に乗りたかった」と声をかけてもらうこともあります。期待してくれてる人がたくさんいらっしゃるな~と痛感します。
福澤は「簡単にできることなら、とっくに誰かがやっている」とよく言っています。ハードウエアのスタートアップが容易くないのは従業員も株主さんも重々承知しています。とくに開発期間の長い航空・宇宙分野のスタートアップは日本にとても少ないのが事実です。
――宮内さんから見て、福澤さんはどんな人ですか。
宮内:「できる理由を明るく話す人」。できない理由を言う人は山ほどいます。彼は「できる理由」しか言わない。だから周りが大変、という部分もありますが、言語化できない牽引力を持っています。
――それがリクルートからスカイドライブに移った理由ですか?
宮内:そうですね。私も「いつかは卒業」と思っていたのですが、リクルートというのがとてもいい会社で、なかなかそれ以上の会社が見つからなかった。なんなら定年までリクルートにいても、大分楽しかったと思うんですよ。だから簡単なチャレンジでは満足できない。
スカイドライブって、格納庫や飛行試験場やらスタートアップとは思えないほどの固定資産を抱えています、もちろん開発期間もITサービスに比べると長期です。固定資産を持たずに短期の利益を最大化するリクルートと正反対の会社なんですが、私にとってはそこが面白い。
まさか自分の人生の中で、書類に「FAA(アメリカ連邦航空局)」と書く日が来るとは思わなかった。リクルートでもよく「非連続」と言っていましたが、「空飛ぶクルマを作る」という非連続は私にとって「紙からネット」なんてもんじゃない。
――イーロン・マスクの自伝を読むと、スタートアップが自動車を作るのがいかに難しいかがよくわかります。でも素人だったから電気自動車に突っ込めた。
宮内:イノベーションをもたらすのは外部からの参入者と言われますよね。内部の人はそれがどれだけ大変なことかを知っているから、やらないと。
ここからスカイドライブに必要なのは飛行試験を重ねるための時間と、本当に「空飛ぶクルマ」が価値を生む航路を、パートナーと一緒につくる事です。毎日が「成り行き」でなく「非連続」です、それがスタートアップだと思いますし、私はそれを楽しんでいます。
【PROFILE】
宮内純枝/「スカイドライブ」CEO室長。1992年にリクルート入社。旅行予約サービス「じゃらんnet」などのブランドマネージャーを担当するなど、編集、ブランディング、ネットマーケティング、提携、R&D分野で活躍。2014年にマーケティング部門のマネージャーに着任。カンヌライオンズ、グッドデザイン賞など受賞多数。グロービス経営大学院にてMBA取得。株式会社SkyDrive、共同創業者。
大西康之/ジャーナリスト。1965年生まれ、愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社。欧州総局(ロンドン)、編集委員、「日経ビジネス」編集委員などを経て2016年4月に独立。著書に『稲盛和夫 最後の戦い――JAL再生にかけた経営者人生』『会社が消えた日――三洋電機10万人のそれから』(いずれも日経BP)、『ロケット・ササキ――ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)、『起業の天才!――江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(新潮文庫)、『最後の海賊――楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)など。最新刊は『修羅場の王――企業の死と再生を司る「倒産弁護士」142日の記録』(ダイヤモンド社)。