これらのボトルから究極のセンスのマティーニがうまれる
究極のセンスを感じるマティーニ
若いカップルがやってきた。男性のほうはバーに慣れている感じがする。どんなところにそれを感じるかというと、ほどよく緊張し、ほどよくリラックスしているところだ。
バーというのは不思議な空間で、酒ならいくらでも飲んできたという中高年でも、ひとりで入るとなると簡単ではない。入ったのはいいが、さて何を頼めばいいのか。そもそも、カクテルのなんたるかを、あまり知らない。同様にウイスキーについても、バックバーにずらりと並ぶボトルから何を選んだものか、見当がつかない。バーテンダーに訊けばよさそうなものだが、その訊き方がわからない。だから、いい歳をして緊張してしまう。リラックスしに来たのに、全然リラックスできない。そういう方を見かけると、いささか気の毒になったりもする。
それに比べて隣に来た若者たちは慣れていた。彼氏はカルバドスベースのジャックローズ、彼女は、ブラッドオレンジのミモザ、ときたもんだ。やるな、若いのに。かくなる上は、バー好きジジイはスタンダードの中のザ・スタンダード、マティーニで対抗するしかあるまい。
田辺さんが並べたボトルを見れば、ジンは「タンカレー」と「タンカレーNo.10」、ベルモットは、後で調べてわかったが、スペイン産のオーガニックのドライベルモット、そしてオランダ産のオレンジビターズである。
そして、いつもの、入念すぎるほど入念なステアを経て、マティーニが供された。マティーニというカクテルは、超ドライがよいと信じるバーテンダーがつくると、ほぼ、ジンである。そして、キツイ1杯になることが多い。ビリビリくる、と表現したくなるようなドライさのマティーニもある。
しかし、田辺さんのマティーニは違う。むしろ、マイルドといいたくなる口当たりと香りが身上だ。ベルモットとオレンジビターズが、ジンそのものが持つうま味を引き出している。使う材料、調合の具合、ステアの具合、すべてが関係してこの味になると思われるが、私はこのひと口に、究極のセンスを感じる。このジンとこのベルモットを混ぜればこうなるという数式から導き出せない解というものがあると感じる。
そして、添えられたオリーブだ。2個ある。ひとつは普通のスタッフドオリーブ、もうひとつは田辺さん自身がアンチョビを詰めたオリーブだという。
私はマティーニを飲むとき、あまり時間をかけない。まずはひと口。それからまたひと口と啜り、鼻腔からジンの香りを逃がしながらオリーブを齧り、またひと口。これで、ほぼなくなってしまう。この日もそんな感じでひと口、またひと口と啜りつつ、ああ、オリーブがもう1個あったのだと、田辺さんお手製のオリーブを齧って愕然とした。アンチョビが、たっぷり詰まっている。たまらん。これはマティーニのお代わりをもらわなくてはならない! どうする? 2打席連続マティーニ、大丈夫か? 自問自答する。なにしろ、私の昼酒は、まず100%、夜酒につながるのだから、この段階でダブルマティーニに突入するのは、先行きを考えたときに、ちょっと危ないかもしれないのだ。
