「まさかうまくいくとは」
その杜撰さゆえ、「まさか詐欺がうまくいくとは思わなかった」という。
「当時、俺は兄さん(松田)や土井会長から指示を受けて動いていた。あくまで裏方という認識でいたし、仮にメンバーが捕まっても俺は捕まらないだろうとタカを括っていたところもありました。
それに、頼まれたことをひとつでもこなせば、その日の稼働費用として兄さんや会長から2万円前後の現金をもらえたんです。俺にしたら完全に小遣い稼ぎ感覚でした」
積水ハウスが本格的にこの海喜館の話に食いつき始めたのは、2017年3月下旬である。カトウの“上司”でもあった指示役の土井は、自身の事務所に居候していたカミンスカスに前周りを任せた。
カミンスカスは複数のブローカーを通じ、最終的に積水ハウスとの売買を仲介することになった中間業者のオーナーA、代表Bと繋がる。
Aは積水ハウスの東京マンション事業部のC営業次長と懇意で、そのルートで海喜館の土地の売買の話が持ち込まれた。
私は受刑中のカミンスカスと手紙のやり取りをしている。カミンスカスは無罪を訴えてはいるものの、C営業次長との初面談時の様子についてはこう語った。
《C営業次長は「セキスイのCが買うと言ったら買います。」と言って買う気まんまんでした。》(2025年6月19日消印)
土地は積水ハウスにとって魅力的だったのだろう。その言葉通り、初面談時に契約と本決済の日取りまで決まった。
積水ハウスが事件後作成した「総括検証報告書」によれば、2017年4月の司法書士同席での売買契約で、偽造パスポートを見た司法書士が「文字が一部他の箇所と異なること」を指摘したものの、打ち合わせは続行となり、商談が止まることはなかった。カトウさえ気づいた不審点を、積水側はなぜか見抜けなかったのだ。
5月には積水ハウスの大阪本社や司法書士宛に“真の所有者”を名乗る者から3通の「内容証明」が届く。カトウらが印鑑登録を勝手に変更したことなどのクレームや、仮登記に用いられた印鑑も真の実印ではないことなどが書かれていた。
それでも積水ハウスは取引続行に突き進む。この事件は、「まさか騙されるわけがない」と思う買い手と、「まさか自分は捕まらない」と指示役に使われパシリとなったカトウがいたからこそ成り立った犯罪だったのだ。
カトウが同行した契約の土壇場のドタバタ劇、詐取金を湯水の如く使う地面師たちの姿も描いていく。
【プロフィール】
河合桃子(かわい・ももこ)/1977年、東京都生まれ。ライター。週刊誌を中心に執筆。幅広く取材活動を行なっており、特に性風俗にまつわる事件などアングラな業界を長年取材している。積水ハウス55億円詐欺事件の実行犯を取材した『地面師連絡役カトウ』で、第32回小学館ノンフィクション大賞を受賞。同書は6月18日に発売予定。
※週刊ポスト2026年6月5・12日号