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元リクルート戦士たちの挑戦
元楽天副社長・島田亨氏が明かす「元リクルート」の強み

「起業直後のリクルート事件でどん底へ」元楽天副社長・島田亨氏が語るメガベンチャー「インテリジェンス」創世記 それは原宿の風船配りから始まった リクルートで身に付けた「因数分解」の極意まで

宇野康秀氏の先見の明

――そのまま株式上場まで一直線ですか?

島田:いいえ。バブル経済の崩壊で新卒採用が一気にシュリンクして「このままではジリ貧だな」という状況に追い込まれ、その時「人材派遣をやろう」と言い出したのが宇野さんです。他のメンバーは「こんなに景気が悪いのに派遣なんて無理だ」と反対しましたが、宇野さんは「経営が厳しいからこそ、企業は正規雇用が難しくなって派遣を使うはずだ」と予測しました。

 パソナや日本マンパワーといった大手に敵わないと思ったのですが、宇野さんは「日本の派遣市場は1兆円だが、大手10社の売り上げを足しても1000億円。残り9000億円の市場は中小派遣会社の群雄割拠になっているから、ここを狙う」と。すでに明確な戦略を立てていました。

――インテリジェンスが成長軌道に乗り始めた1998年、宇野さんはお父さんの遺志を継いで大阪有線放送の社長になります。同じタイミングで島田さんがインテリジェンスを辞めたのはなぜですか。

島田:宇野さんが社長、鎌田さんと自分が副社長でしたが、鎌田さんは社長をやりたがっていた。それなら鎌田さんが社長になるべきで、自分がいては鎌田さんがやりにくいだろうと考えて「俺も離れる」と言いました。

――その後、島田さんはベンチャー投資家を経て2004年に東北楽天ゴールデンイーグルスの運営会社、楽天野球団の社長になり、また楽天(現楽天グループ)本体では代表取締役副社長となり、三木谷浩史会長兼社長の右腕として活躍。2016年に副社長で同社を退任。2017年にU-NEXTの副社長COOに就任し、宇野さんとのタッグが復活しました。

島田:自分の人生設計では「50歳から悠々自適」の予定だったのですが、宇野さんに「一緒にやろう」と言われ、U-NEXTに行くことにしました。インテリジェンスの立ち上げは宇野さんがいたからやり切れたことなので、「いつか恩返しをしなければ」と考えていました。

 当時のU-NEXTは、USENを買収したことで時価総額がかなり下がっていて、株主から心配をされていました。6年間で一定のレベルまで時価総額を引き上げる目標を設定してU-NEXTでの仕事を始めましたが、予定より早くその水準に達したので5年で退任させてもらいました。

次のページ:リクルートで培った「因数分解」の考え方

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