プーチン大統領が直面しているのは、一つの戦線での敗北ではない(Getty Images)
ロシアとウクライナの和平案の協議が進まないなか、ウクライナはドローン(無人機)を使ってロシアのエネルギー施設への攻撃を続けている。この攻撃が示しているのは、現代の戦争が、安価に国家のシステム自体を破壊しうるという現実である。イトモス研究所・小倉健一氏が解説する。
ウクライナのドローンによる「長距離制裁」
モスクワの南東、ウクライナ国境からおよそ500キロメートルも奥まった内陸の街リャザン。住民が朝目を覚ますと、車のフロントガラスやアパートの窓に、黒く粘ついた油の滴がべったりと張りついていた。5月の夜、リャザンで、ロシア有数の製油所が燃え上がり、空からオイルによる「黒い雨」が降ってきたのである。国境から遠く離れた安全地帯のはずだった場所で起きたこの異様な光景こそ、いまプーチン政権を静かに、しかし確実に絞め殺しつつある戦争の縮図だ。前線の塹壕で兵士が奮闘する旧来の戦争ではない。ウクライナが仕掛けているのは、ロシアという国家の基盤そのものを叩き壊す戦いである。
ウクライナ国防省はこの作戦を「長距離制裁」と名づけた。西側の経済制裁が書類とルールで縛る制裁なら、こちらは爆薬で物理的に油のパイプを塞ぐ制裁である。制裁の抜け穴を、爆発で直接ふさいでしまう。狙いは一点に集約される。プーチンが戦費を生み出す化石燃料収入と、前線の戦車を動かす燃料補給を、同時に枯らすことだ。
数字を見れば、これがもはや「一点突破」や「嫌がらせ」の域を超えていることがわかる。ロシア国内の主要製油所33カ所のうち、ウクライナはすでに24カ所への精密攻撃を成功させたと報じられている。5月時点で、年間およそ8300万トン、ロシア全体の精製能力の4分の1が停止か大幅減産に追い込まれている。6月12日の「ロシアの日」には、約230機の長距離ドローンが一斉に飛んだ。そのうちの数機は、国境から1200キロメートルも離れたタタールスタンのTANEKO製油所を直撃した。1200キロといえば、東京から鹿児島を越える距離だ。ロシアの国土の奥深く、安全だと信じられていた場所が、もはやどこにも存在しない。
誰も指摘していないので、あえて記しておくが、台北(台湾)から北京(中国)まで1700~1800キロだ。ウクライナドローンの飛行距離がさらに増えれば、中国は大きな戦略転換を迫られることになるだろう。
