取引に使用された通帳
地主になりすまして他人の土地を売り飛ばし、カネを騙し取る──「地面師事件」と呼ばれるグループ犯罪は、ネットフリックスのドラマが大ヒットして注目された。モデルになったのは2017年、積水ハウスが五反田の一等地に佇む老舗旅館「海喜館」を巡り、地面師たちに55億円を詐取された事件である。
ライターの河合桃子氏が取材した実行犯「カトウ」は逮捕当時、「連絡役」と報じられた男だった。その告白から事件の実態に迫る『地面師連絡役カトウ』は第32回小学館ノンフィクション大賞を受賞、6月18日に刊行された。カトウを含む17人が逮捕された本件だが、うち7人は不起訴処分になっている。罪を逃れた地面師たちのなかには、犯行を明け透けに告白する者もいる──河合氏がレポートする。【シリーズ第3回・前中後編の前編】
積水ハウス55億円詐欺事件「地面師たちの人物相関図」
刑事からの電話を受け自首、そのまま実刑判決
詐欺罪の立証は難しいと言われている。その最大の理由は“騙すつもりだった”という故意を客観的な証拠で証明しなければいけないからだ。
前回は積水詐欺事件の主犯格とされる3人──偽造書類の作成・手配を得意とする内田マイク(逮捕当時65歳)、指示役の土井淑雄(同63歳)のもと相手方との交渉を担った「前周り」のカミンスカス操(同59歳)を中心に、カトウが関わった積水ハウスとの交渉・決済を描いた。カトウは報酬2億円を手にし、その後は住まいを転々としていた。
カトウの関与は「なりすまし役」の長谷川香織(同63、仮名)の面接や印鑑登録証明書の発行、さらに偽造パスポートの受け取りなどと、客観的証拠が揃うものだ。にもかかわらず本人は「捕まっても不起訴になると思ってた」と言うのだ。
「俺はあくまで土井会長とかの指示で動いてただけ。だから『地主が偽物だと知らなかった』で逃げ切れると思ってた。かつて多くの地面師たちもそうして不起訴になって帰ってきたのを見たし」
2017年6月に被害が発覚し、積水ハウスによる新宿警察署への被害届が受理されたのは同年9月。長谷川や他のメンバーが続々逮捕され始めたのは翌2018年10月のことだった。逃げる度胸もなかったカトウは刑事からの電話を受け、自首した。
「ビクビクしながら折り返すと『逮捕令状が出ている』と。でもその時はまだワンチャン、聴取に協力するだけで不起訴もあり得るかもと淡い期待を抱いてました」
10月27日に出頭したカトウだったが、この日から勾留され、そのまま実刑判決を受けて約4年間、収監されるとは夢にも思っていなかった。

