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ヤクザとマネー・マル秘資料編
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【ヤクザとマネー・マル秘資料編 #2】若かりし司忍組長、そして五代目山口組の宅見勝若頭、中野太郎若頭補佐…「殺した側と殺された側」が並ぶ『山口組直系組長要覧』の中身

ヤクザとマネー・マル秘資料編 #2

ヤクザとマネー・マル秘資料編 #2

 杳として知れない暴力団の資金源やビジネスの実態を、『サカナとヤクザ』などの著作で次々と明らかにしてきた暴力団取材のエキスパート鈴木智彦氏。長年にわたる取材活動のなかで、日本最大の暴力団組織・山口組に関する様々な警察資料や内部資料を入手してきた。鈴木氏がみずからその貴重な資料について解説した2025年8月のマネーポストWEBプレミアムのライブ配信に、聞き手として週刊ポスト編集長の酒井裕玄が同席した。約35年前の警察資料である『山口組直系組長要覧』の目次は、序列順に並んでいる。渡辺芳則五代目組長に続くナンバー2が、若頭だった宅見勝・宅見組組長のページだった。

――渡辺組長の次は、宅見勝若頭ですね。昭和42年12月に三重県を本拠として宅見組を結成、昭和45年には福井組の若中に昇格して、本拠を大阪の南区に移して勢力を伸ばした……と。どういうふうにヤクザとして出世していったかが書いてあるんですね。

「ただ、これはあくまで『要覧』なので、ダイジェストなんですよ。もっと詳しい個人ファイルもあって、そっちを見ると交友関係とか、仲のいい芸能人、企業家、愛人の名前まで全部書いてある。よく行く飲食店とか、病院まで。行動確認といって、普段から尾行して『何時何分に誰と会った』と全部記録している。それがこういう資料に反映されるわけです」

――(ページをめくって)宅見若頭の次は、やはりこの人ですか。中野太郎若頭補佐。

「そう。宅見若頭は、神戸のオリエンタルホテルのラウンジで射殺されるんですよ。その実行側とされるのが中野若頭補佐ということで……つまりこの2人は、殺された側と殺した側、ということになる。当時、中野若頭補佐本人は週刊文春のインタビューでその事件への関与は否認していましたね」

――中野太郎、若頭補佐。「静岡県伊東町(現・伊東市)において出生。長崎の小中学校卒業後、高校に進学したが1年で中退して家業の手伝いをしていた。その後、家出をして北九州方面を点々とし大阪に出て……(中略)、住田組長の世話になった。しかし間もなく殺人を犯し、8年の懲役に服した……(中略)初代山健組長の山本健一を紹介されて神戸に出る。昭和44年6月に山本健一から親子盃を受けて、山健組の若中として活動した。喧嘩っ早いことから『喧嘩太郎』という異名がついた」と。『喧嘩太郎』なんて、普通の公的文書にはまず出てこないですよね。

「暴力団の社会って、あだ名や通称のほうが通りがいいんですよ。だから警察資料では必ずあだ名を書く。『二丁拳銃の龍こと誰々』とか。しかもこの『喧嘩太郎』というのは、本人にとって嫌なものじゃない。むしろ最高の褒め言葉なんです」

 さらに鈴木氏は、資料に並ぶ五代目幹部の顔ぶれをたどりながら、現在の六代目山口組・司忍組長が漁船乗りから頂点へ上りつめた異色の経歴を明かす。

司忍組長の異色の経歴

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【プロフィール】
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学藝術学部写真学科除籍。雑誌・広告カメラマンを経て、ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めたのち、フリーに。著書に『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(小学館)、『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)など多数。

■鈴木智彦氏が毎月のように出演する大反響シリーズ「ヤクザとマネー」のアーカイブ動画はマネーポストWEBプレミアムにて公開中(初回登録月は無料)。

※本記事の作成にあたっては、公開動画の内容をもとに構成しています。

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