上品な甘さがクセになる電気ブランサワー
昔のレストランのご馳走は?
ここでしばし、神谷バーの来し方に思いをはせた。創業者が電気ブランを発明したのは1893年、和暦で言うと明治26年だ。創業はその13年前で、もとは角打ち(酒屋さんの店頭で飲ませるスタイル)だったという。その店がバーになったのも明治時代のことで、庶民が入れる街場のバーとしては、日本でもっとも古い店とも考えられる。そんな由緒ある店で、7月の平日の昼下がりに、電気ブランを飲み、ハンバーグを食べている。日ごろ顔を出すどんなバーとも趣を異にするこの店は、レストランであり、ビアホールであり、パブであり、バーであると思う。銀座のライオンビアホールでも似た気分になるのだが、50年くらい前の東京に遊んでいるような感覚だ。
ケンちゃんは電気ブランサワーを注文。レモンサワー風のものが来るかと思いきや、これはサワー違い。バーでウイスキーサワーを頼むと、ウイスキー、レモンジュース、シロップをシェークしたカクテルが出てくる。あれと同じ。ベースが電気ブランに変っただけのことだ。だから、炭酸シュワシュワのサワーではないのだ。しかし、この1杯はケンちゃんの気に入ったようだ。
2杯、3杯と飲むうちに、ふと気づけば店はまたにぎわい始めている。遅い昼食を楽しむ若いカップルや、ご年配の男女のグループ、ご夫婦での午後ティーならぬ午後ブランを楽しむ姿もある。ちょっと驚いたのは、若い女性の一人客の姿もあったことだ。
夏の暑い午後、喫茶店で休むのもいいが、そこに神谷バーがあるならば、食事もできるし、冷たいビールで喉を潤し、涼をとることもできる。みなさん、それを知っておられるのだ。浅草、いいですねえ。
海老マカロニグラタンが来た。これまた懐かしい。スパナポもオムライスもいいけれど、やっぱりグラタンでしょ、昔のレストランのご馳走は――。
濃厚なグラタンにも昭和を感じる
私の頭の中は昭和40年代の吉祥寺にあったパーラーへと飛んでいた。
明治、大正、昭和、平成、そして令和の現在まで、人々を楽しませた神谷バーが、私を懐かしい昔へと引き戻してくれるのか。
海老マカロニグラタンもチーズ揚げも、私にとっては昭和時代の味。そして、令和の味でもある。つまり、それは60年以上変わらないおいしさなのだ。夏の日の午後、ビールと電気ブランで軽く酔いながら、3、4歳だった60年前を思い出すのも、なかなかオツなものだ。
創業は明治13年。浅草にきたら足を運びたい老舗だ(「神谷バー」東京都台東区浅草1-1-1)
(シリーズつづく。第1回から読む)
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』や、最新刊『酒場とコロナ』が好評発売中。


