大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

「70歳雇用義務付け」は日本企業の手足を縛って死なせる愚策

 その代わりに拡大しているのが、ネットを介して不特定多数の人に業務を委託する「クラウドソーシング」だ。日本ではクラウドワークスやランサーズ、世界ではアップワークやフリーランサーなどがあり、システム開発、ライティング、翻訳、デザイン、写真といった専門分野別に大勢のワーカーが登録している。今や世界ではそれらの人々を活用するのが当たり前で、たとえばアップワークは、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)のような巨大IT企業のシステム設計まで請け負っている。

 クラウドソーシングの利点は、社員よりも専門的な能力を磨いている「個人」が、その能力を従来の外注業者より大幅に早く安く、企業の必要に応じて提供してくれることだ。仕事の質や納期、コストなどに関する評価システムも出来上がっている。一方、社員の的確な能力査定ができている日本企業は少ない。それならクラウドソーシングが可能な業務はすべて委託し、社員をできるだけ減らしたほうがよいに決まっている。

 クラウドソーシングには、個人が企業に搾取される懸念もある。それを防ぐための仕組みは必要だが、能力がある人材はおのずと報酬が上がっていく。逆に、一定の給料が保証された社員にしてしまうと、能力を磨くことを怠り、生産性やプロフェッショナルとしての忠誠心が落ちる可能性が高いという弊害がある。

 いまやネット社会では、世界中から欲しいものを安く簡単に手に入れることができるようになっている。たとえば、ソーシャルショッピングサイトのバイマ(BUYMA)は、海外在住のパーソナルショッパー(購買代行者)から有名ブランド品を「現地価格+消費税+決済システム利用料(商品価格の5.4%)+送料」で購入できる。それと同じように、クラウドソーシングを活用すれば、企業の業務においてグローバル水準の最適な能力を利用することができるのだ。

 そういう時代に完全に逆行して社員を固定化し、能力や成果に関係なく雇用させようとしているのが安倍政権だ。これは日本企業に「手足を縛って死ね」と言っているようなものであり、なぜそんなことをするのか、なぜ経済界が反発しないのか(面従腹背だろうが)、私には全く理解できない。

※週刊ポスト2019年6月28日号

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