絶品マティーニに添えられた2種類のオリーブには秘密が
お酒はいつ飲んでもいいものだが、昼から飲むお酒にはまた格別の味わいがある――。ライター・作家の大竹聡氏が、昼飲みの魅力と醍醐味を綴る連載コラム「昼酒御免!」。連載第23回は、春の陽気に誘われて絶品カクテルを楽しむために江の島(神奈川県藤沢市)まで遠出してみた。【連載第23回】
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ある春の日の昼下がりのことである。くたびれた初老の男がひとり、ふと思い立って駅前からバスに乗った。小田急多摩線の新百合ヶ丘駅で藤沢行きに乗り換え、藤沢でさらに乗り換えて片瀬江ノ島に着いたのは、もう3時半近くだった。家を出てから、なんだかんだで2時間。ちょっとした遠足を楽しむ初老の男は私である。
午後3時にオープンする「Bar d(バード)」までは改札口から1分とかからない。境川が片瀬海岸に注ぐ河口のあたりに店はある。よく晴れて暖かな日だったので、しばし海岸を歩いてもよかったが、足はバーへと向かっていた。
そう、ここはオーセンティック・バーである。しかし、湘南という土地柄のためか、カジュアルで堅苦しくはない。迎えてくれるのはオーナーバーテンダーの田辺武さんだ。この人の酒の知識、カクテルの技術、楽しい会話力、どれをとっても当代随一だと、私は思っている。だから、海岸の散歩などしている暇はないし、江の島へ渡ってシラス丼を喰ってる場合ではないのである。私の口は、駅で電車を降りたときにはもう、あの、絶妙のジンフィズを待ち受ける状態になっているのだ。
窓際のソファ席では景色も楽しめる
田辺さんに会うのは久しぶりである。1年半くらいのご無沙汰か。お互いに、やあ、久しぶり、という表情で挨拶を交わしたら、さっそくカウンター席について、注文を一言。
「ジンフィズ、ください」
そう言ってから振り返ると、大きな窓の向こうに境川が見える。窓際のソファ席で川の流れを見ながら飲むのも魅力的だが、私はやはり、田辺さんの所作をじっくり眺め、酒に関する質問をし、とりとめもない世間話をしながら飲むのが好きだ。

