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中野剛志氏が断言「日本は財政破綻しない。増税の必要もない」 その理由を「正しい貨幣論」から読み解く

評論家の中野剛志氏が税と財源の仕組みを読み解く(撮影/渡部伸)

評論家の中野剛志氏が税と財源の仕組みを読み解く(撮影/渡部伸)

貨幣の起源についての誤解

――同書は「貨幣とは、何だろうか」(第一章)という問いから始まります。資本主義の根幹である貨幣について、私たちはきちんと考える必要がありますね。

中野:はい。貨幣について、一般的には次のように説明されることが多いようです。

 むかしむかし、人々は物々交換でモノをやりとりしていました。たとえば、山の村人は鹿を狩り、海辺の村人は魚を獲っていました。山の村人は海辺の村人に鹿肉を渡し、代わりに魚をもらっていました。しかし、モノとモノとを交換するのは面倒です。そこで人々は、金や銀など、それ自体に価値のあるモノを選んで、それを「交換の手段」とすることにしました――。これが、貨幣の起源です。

 やがて、金貨や銀貨といった貴金属の貨幣は、紙幣に姿を変えて使われるようになりました。最近では、電子マネーが使われるようになっています。

 このように、「貨幣とは、もともとは金貨や銀貨のように、それ自体に価値があるモノを交換手段としたものである」とする考え方を「商品貨幣論」と言います。このストーリーは、一般に広く信じられているだけでなく、主流派経済学の教科書でも、商品貨幣論にもとづいて、貨幣を説明しています。

 ところが、商品貨幣論には、深刻な問題が2つあります。ひとつは、貨幣の起源を研究した歴史学者や人類学者たちが、今日に至るまで、誰も「物々交換から貨幣が生まれた」という証拠資料を発見できなかったことです。

 それどころか、硬貨が発明されるより数千年も前のエジプト文明やメソポタミア文明に、ある種の信用システムが存在していたことが明らかになっています。たとえば、紀元前3500年頃のメソポタミアにおいては、神殿や宮殿の官僚たちが、臣下や従属民から必需品や労働力を徴収し、彼らに財を再分配していました。そして、官僚たちが、臣下や従属民との間の債権・債務を計算したり、記録したりするための計算単位として、貨幣が使われていたのです。

 このように、貨幣は物々交換や市場における取引から生まれたわけではなかったのです。

 商品貨幣論のもうひとつの問題は、紙幣や電子マネーがどうして貨幣なのかについて、うまく説明できないことです。

 主流派経済学者は、「単なる紙切れや電子信号は貴金属と違い、それ自体に価値はないけれども、人々が紙幣や電子マネーに貨幣としての価値があると信じているから、貨幣として流通しているのだ」という説明をします。しかし、この説明はいかにも苦しい。「人々が、1万円札が1万円の価値があると思って使っているのは、人々が1万円札に1万円の価値があると思っているからだ」などというのは、単なる循環論法であって、きちんとした説明になっていません。

 というわけで、商品貨幣論は正しいとは言えないと結論しなければなりません。

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