大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

軍事・選挙・工業社会… AIの技術革新が生む「3つの悪用の脅威」にどう立ち向かうか

核兵器と同様、人類の知恵が試されている

 ここで参考にすべきは核兵器である。もともと科学者は人類の発展のために原子物理学を研究していたが、第2次世界大戦という時代の中で悪魔に取り憑かれたようにマンハッタン計画が進められ、原爆に加えて水爆まで開発された。それに危機感を抱いたアルベルト・アインシュタインら科学者たちの訴えで世界的な核兵器廃絶運動が始まり、1957年の「パグウォッシュ会議【※】」を経て、1968年に国連総会で「核拡散防止条約(NPT)」が採択された。

【※パグウォッシュ会議/すべての核兵器およびすべての戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議。1957年に世界10か国22人の科学者がカナダのパグウォッシュに集まって第1回会議を開き、核兵器の廃絶に向けた科学者の社会的責任について討議した。1995年ノーベル平和賞を受賞】

 AIについても核兵器と同様に、専門知識がある賢者が知恵を出し合って世界的な規制ルールを作るべきである。イタリアのように国別に規制しても、企業は自由に活動できる国に行くだけだ。したがって、国際的に「開発」「利用」「管理」の三位一体で規制しなければならない。

 だが、それは機能不全の国連には無理である。一方、すでにEU(欧州連合)には「一般データ保護規則(GDPR)」という厳格な個人情報保護規制があり、EUを含むEEA(欧州経済領域)の域内で取得した「氏名」「メールアドレス」「クレジットカード番号」などの個人データを域外に移転することを禁止しており、違反すると高額の制裁金が科される。

 また、EUのデータ保護当局で構成する「欧州データ保護会議」は、チャットGPTへの対応を協議する専用タスクフォース(作業部会)を設置したと報じられている。それを踏まえてOECD(経済協力開発機構)の中に事務局を作り、加盟38か国共通のAI規制ルールを決めるのが最も受け入れられやすい手順だろうと思われる。

 BRICSやグローバルサウス【※】がそのルールに従わなければ“自由に使えるAI”を当該国に放り込めばよい。独裁国家や専制国家に対しては、それが最大の抑止力になるからだ。

【※「BRICS」はブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5か国を指す。「グローバルサウス」はそれらの国を含めて南半球に多い新興国・途上国の総称】

 そうやって世界共通の箍をはめないと、SF映画『2001年宇宙の旅』で木星探査船「ディスカバリー号」に搭載されて暴走し、乗組員を殺害した「HAL9000」のようなAIが出現するかもしれないのだ。

「核なき世界」の実現と同様に、AI規制にも人類の知恵が試されている。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『第4の波』(小学館)など著書多数。

※週刊ポスト2023年5月26日号

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