苦境の焼肉チェーンのなかで「焼肉きんぐ」が絶好調の理由とは
焼肉店の倒産件数が増加していると報じられるなか、大手チェーンの中で唯一気を吐いているのが「焼肉きんぐ」(物語コーポレーション運営)だ。日本ソフト販売株式会社による〈【2024年版】焼肉チェーンの店舗数ランキング〉によると、2024年7月時点の焼肉チェーンの店舗数ランキングは1位が牛角で、2位が焼肉きんぐ、3位が七輪焼肉安安。そのなかで前年同月比プラスなのは、306店から325店へと増加した焼肉きんぐのみ。焼肉きんぐ“一人勝ち”ともいえる絶好調の秘密はどこにあるのか。他チェーンとは異なるその戦略を、イトモス研究所所長・小倉健一氏が解き明かす。
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焼肉きんぐが、外食業界の中で際立った成長を続けている。2025年6月期第3四半期時点で、焼肉部門の売上は461億円を突破し、前年同期比で11.1%の増加を記録している。物語コーポレーション全体の売上のうち、約半分をこの部門が占めており、まさに中核をなす存在である。
規出店を着実に進めながら、既存店舗の売上も着実に積み上がっているのが特徴で、とくに2025年1月から3月までの既存店売上は、前年同時期と比較して平均で4.9%増と堅調だ。価格改定を実施した後も、客数は減少せず、安定した集客が続いている。来店客の利便性を高めるタブレット注文、調理直後の料理を届ける特急レーン、店舗ごとに差のない接客品質など、あらゆる要素が丁寧に整備されており、これらが「また行きたくなる店」としての印象を強めている。焼肉きんぐは、焼肉を特別なぜいたくではなく、誰もが日常的に楽しめる「満足できる食体験」として再定義した成功モデルといえるだろう。
焼肉きんぐの食べ放題は、たくさん食べるだけでなく、「ちょっとぜいたくな気分を手軽に味わえる場」として設計されているようだ。これは、台湾にある崑山科技大学のマーケティング研究者であるヤー・フイ・ワン(Ya-hui Wang)らによる論文「Why Consumers Go to All-You-Can-Eat Buffets?(人はなぜ食べ放題に行くのか)」(2017年)でも語られる理論にぴったり合っている。この研究は、料理の質、種類の多さ、店の雰囲気、価格、量といった要素が「どれくらい満足できるか」という判断に影響することを示している。
焼肉きんぐでは、例えば税込3168円~のコースでカルビやロース、ホルモン、デザートまで楽しめる(ランチコースは2288円)。メニューは豊富でありながら、質もしっかり保たれており、価格と内容のバランスがよく考えられている。単に「たくさん食べられる」ではなく、「自由に選べる楽しさ」を大切にしているのが大きな特徴だ。人気の「五大名物」や、季節ごとの限定メニューなどは、客が自分の好みに合わせて選ぶ喜びを強く感じられる工夫だといえる。
健康への気配りも見逃せない。ワンらの研究では、「たくさん食べるだけでなく、健康面に配慮されていると、満足度はさらに高まる」と指摘されている。焼肉きんぐではサラダバーはないが、冷たい野菜、スープ、鶏肉、豆腐料理などを取り入れ、栄養面の不安をやわらげている。これはとくに女性客や高齢者にとって安心材料となっており、リピートにつながっているだろう。
焼肉きんぐの価格は決して最安ではない。それでも多くの人が足を運ぶのは、払った金額以上の価値を感じているからにほかならない。ワンらの論文では、「満足とは単にお腹がいっぱいになることや、安いと感じることではなく、そこで得られた体験全体によって生まれる」と結論づけられている。焼肉きんぐは、この考え方をしっかり形にしているブランドだといえる。
焼肉きんぐは、“たくさん食べられる店”ではなく、“楽しく食事をしたと思える場所”であり、価格以上の体験を設計することに成功している。人が本当に満たされるのは、量ではなく「意味」だというワンらの研究結果を、現実のビジネスで体現しているのが焼肉きんぐなのである。