「鮨 一幸」の鮎の握り(写真は「鮨 一幸」インスタグラムより)
鮨 一幸 「川魚はNG」という江戸前寿司の常識をテロワールで覆す
寿司の王道である江戸前寿司では、川魚をネタにすることはほとんどありません。それは、江戸前寿司がもともと江戸の目の前の海、つまり今でいう東京湾内奥で獲れる魚を中心に発展した文化だから。ゆえに、寿司店が「江戸前」を名乗るならば、そのネタも江戸前でなくてはならない、という価値観が根付いています。
しかし、それはあくまで江戸前寿司という枠組みの話であって、寿司そのものの本質ではありません。むしろ、東京以外で商売をする寿司店ならば、必ずしも江戸前の流儀にこだわる必要はないでしょう。
このことを強く実感したのが、北海道の一幸です。ここでは、鮎などの川魚を寿司ネタとして活かしているのですが、マス系の川魚に富む北海道のテロワール(その土地の特性や伝統、食文化を活かすこと)を考えれば、それはむしろ必然。単に江戸前の常識を逸脱するのではなく、その土地の特性を深く理解し、寿司としての説得力を持たせている。
「ルールを破ること」が価値なのではありません。「江戸前の常識」を更新し、北海道という地で生まれるべき寿司を生み出すこと。そのアプローチが浅薄な奇抜さではなく、むしろたしかな個性として昇華されているからこそ、一幸は「川魚の寿司」を説得力を持って提供しています。
前項のすがひさが「突き抜けている」ことで説得力を生んでいたとするならば、一幸は「王道を礎としながら、その先に新たな可能性を見出している」ことで魅力を生んでいる。
大切なのは、どれだけ既存の枠からはみ出すかではなく、「どんな考えに基づいて、どんな寿司を握るか」なのです。
一幸については、もう1つ、ぜひ触れておきたいことがあります。一幸は現在、初代の息子さんが2代目となって店を取り仕切っています。お父様も店に出て2人でカウンターに立ってはいるのですが、かつては初代しかマグロを握りませんでした。
当時、その理由を息子さんに尋ねると、「寿司店の主役であるマグロに触っていいのは、その店で一番えらい人だけだから」という答えが返ってきたのです。
つまり、息子さんがマグロを握らないのは、親父さんへのリスペクトの現れだったのです。そういうところにも、お客としてはぐっときてしまいました。
一幸は、2024年に北海道から銀座に移転しました。これからもどんな料理が食べられるのか楽しみです。
※見冨右衛門・著『一流飲食店のすごい戦略1万1000軒以上食べ歩いた僕が見つけた、また行きたくなるお店の秘密』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
見冨右衛門(みとみ・えもん):クリエイティブディレクター/レストランプロデューサー/グルメ活動家。株式会社はらぺこ代表。レストラン経営やプロデュースを中心に、クラフトビールや茶などの開発まで行う。また、グルメをコンテンツにした企業向けのソリューションビジネス(広告制作、コンテンツ開発、イベント等)を展開。さらに、ラジオや雑誌等のメディアで全国のグルメ情報を発信中。延べ1万1000軒を超える飲食店へ訪問し、そのすべての食事履歴をカレンダー方式で紹介するグルメサイト「食べある記」を運営。