“私の一軒”があれば日常はもっと楽しい
秋田の「一白水成」、限定酒らしくとてもうまい
今さらながらに、少し頑張れば自宅から歩いて来られる場所に、こんなにうまい蕎麦屋があるという幸運に感謝する。昨今、町中華だ町寿司だと、土地に根差した庶民的な店に注目する向きも多いようだが、他人様の住むいろいろな土地を巡るその前に、自分の足元をよく見るのも大事かと思う。喫茶店ひとつにしても、散歩がてらに訪ねたい“私の一軒”を持っているのといないのとでは、日常の暮らしの楽しさが違ってくると思う。これを蕎麦屋、中華屋、寿司屋、居酒屋、やきとり屋、小料理屋、スナック、バーまで広げ、私の一軒がそれぞれに見つかれば、他人様の街を訪ねる必要もなく、歩いて行ける範囲に数々の行きつけを持つことができるだろう。
ずいぶん昔の話だが、ある兄妹の家庭教師をしたことがある。小さな建設会社を営む家の子供たちだった。私が教えるのは国語と算数、お兄ちゃんのほうには英語も少し。その程度の、アルバイト料ももらっちゃいけないような仕事に対して、ご両親は厚く報いてくれた。会社の従業員で、日夜現場作業をしている若手の職人さんたちと一緒に、私を焼肉屋に連れて行ってくれたのだ。
みんな、朝早くから夕方まで身体を使ってきたから旺盛に飲み、かつ喰う。上タンだのカルビだのより、ロースとミノ、ホルモンで焼酎を飲み、飯を喰う。気持ちいいくらいに飲みかつ喰う。店の大将と奥さんは、それを見て喜び、やさしくもてなす。貧弱な学生だった私は、そういうテーブルの端っこに混ぜてもらって、飲めない焼酎をあおり、いっぱし、オトナの仲間入りをした気分に浸った。
それ以来、その小さな焼き肉屋は、我が街の焼肉屋となり、後年、同じ土地で結婚し、子供を育てる間も、同じ店に通い続けた。これが私の町焼肉なのだが、同じようなポジションに、町蕎麦としての「よし木」はあるのだ。
酒をかえよう。次なる酒は、「一白水成」、秋田の酒だ。山田錦100%の純米吟醸。上質の酒がもたらすほどよい甘みときれいな酸味が持ち味の限定酒であるらしい。私が日ごろ飲む本醸造クラスの酒に比べると繊細で華やかな印象だが、飲み口は爽快で、とてもうまい。
