声をあげられないほど強かった就職氷河期の「圧」
「就職氷河期」という言葉が初めて登場したのは1992年、リクルートが当時発行していた大学生向け就職情報誌『就職ジャーナル』に掲載されたものであった。この言葉は1994年に「流行語大賞(当時。現・T&D保険グループ新語・流行語大賞)」の特選造語賞を受賞している。同賞のサイトでは〈就職環境の悪化は(中略)一過性のものではなく長期的、本格的なものとの視点から「就職氷河期」と名付けられた〉とある。
いまやすっかり定着した造語「就職氷河期」は、本来の「氷河期」に由来している。つまり、地球環境が劇的に変化し、かつて地上を闊歩していたナウマンゾウなどが次々と絶滅していったというレベルのインパクトを示唆する。長く続き、“それまでの生命体が消える”というワードを使った「就職氷河期」という言葉は、単に一時的に求人倍率や内定率が悪化したという話ではなく、壊滅的な影響を暗示していたともいえよう。
風化されそうで、語り継がなくてはならないのは「男女の違い」だ。前述に紹介した女性たちの声を裏付けるように、当時の就活ノウハウ誌、週刊誌などを掘り起こしてみると、“一人暮らしの女性はふしだらな可能性があるのでイメージが悪い”、“彼氏がいるかどうか聞かれたら「いない」と言え(いると言ったら採用してもらえない)”、などという記述がある。一般職は「顔」採用、「結婚相手」要員ではないかとまことしやかにささやかれた。
信じられないかもしれないが、「女性を採らない」と明言する企業は存在したし、総合職採用を絞った結果、男性が“優先”され、女性は一般職でしか採用しないという企業もたしかにあった。女性の四大進学率が今より低く、入るのが難しい難関大学に進んだ、いわゆる“キャリア意識の高い”女性のなかには、梯子を外された感覚を味わった人も多かったはずだ。
今の人たちからすれば、「なぜ声を上げられなかったのか」という疑問が生まれるだろうが、当然友人同士での愚痴の共有は行われた。女性の地位向上に関する社会運動は継続的に行われている。しかし、少なくとも「広く」声を上げ、社会運動にまで発展させるような場や気力はなかった。それほど、就職氷河期の「採用しない」という「圧」は強かったのだ。