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元リクルート戦士たちの挑戦

U-NEXT HD宇野康秀社長CEOが明かす起業家としての原点と「元リク」の強み リクルートグループを1年で辞め、3社を上場に導く

リクルート事件の渦中に退職

――「何をやるか」が決まる前に、会社(リクルートとリクルートコスモス)を辞める日を決めてしまったと聞いています。

宇野:辞める日を決めたというか、最初に会社を作ってしまったんです。きっかけはオフィスでした。リクルートで人材サービスをやっていた島田さんのお客さんに「これから美容室を始める」という人がいて、不動産をやっている私のところに島田さんが「どこかにいい物件はないか」と相談してきました。私は神宮外苑の駅から2分くらいの場所にいい物件を見つけました。

 しかし美容室のオーナーさんは「50坪は広すぎる。保証金は自分たちが全部払うから、20坪借りてくれるところを探してくれ」と言う。そこで我々は考えました。当時はバブルでしたから「保証金なしで青山に20坪のオフィスが借りられるって、こんないい話なかなかないぞ」と。結局「自分たちで会社を登記して、オフィスとして使おう」という話になりました。まだ何をやるかは決めていないのに。

 それで、いざ会社を作るとなると「誰が社長をやるんだ」という話になり、他の3人が「やっぱり宇野なんじゃないの」と言う。そこで私が出した条件が「このままずっと副業みたいな感じで続けるつもりはないので、やるならちゃんとリクルート、リクルートコスモスを何か月かで辞めると決意してくれ。それなら俺が社長をやる」というものでした。3人が「それでいい」というので社長を引き受けました。

――起業の準備をしている最中に、リクルート事件によるリクルート叩きが始まり、退職の意向を示した島田さんは「この大変な時に、裏切り者」と怒られたそうです。

宇野:島田さんはそうだったみたいですね。コスモスはだいぶ雰囲気が違って、基本的には応援モードでした。大手で修行をして自分の会社を立ち上げるというのは、不動産の世界ではよくあることですから。

――最初は不動産事業をやるつもりだったと聞きました。

宇野:最初に考えたのは「都内にシェアオフィスを作って地方企業の東京進出をサポートする」みたいなモデルです。当時はバブルだったので、大企業はどこも学生を確保するために競って立派な寮を作っていたので「企業の人事専門に不動産事業をしようか」という話もしました。

 当時、不動産業を始めるには供託金が1000万円必要でしたが、会社を作る段階でお金を使ってしまったので、他の仕事をしながらお金を貯めて、余裕ができた段階で不動産業を始めようとなりました。

 会社を創業した時点で、私が25歳、島田さんが24歳、鎌田さんが23歳でした。不動産業界で23~25歳というのはまだ小僧で、舐められます。新卒採用のお手伝いであれば学生と年齢が近いし、私には学生ネットワークの後輩たちもいました。新卒採用のコンサルの方が不動産より年齢的にもやりやすくて稼げるのではないかとなったので、そのまま人材サービスの会社になりました。

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