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元リクルート戦士たちの挑戦

U-NEXT HD宇野康秀社長CEOが明かす起業家としての原点と「元リク」の強み リクルートグループを1年で辞め、3社を上場に導く

週3で会社に泊まり込み

――念願叶って入社したコスモスではどんな仕事をしましたか。

宇野:リースマーケティング事業部というところに配属されました。いわゆるサブリースですね。遊休地を見つけてオーナーさんに「家賃保証をするからマンションを建てましょう」と土地有効活用提案をする仕事です。バブルの絶頂期で景気が良かったので、勢いがありました。

――面白いのは、宇野さんも島田さん(ベンチャー投資家で元楽天グループ副社長の島田亨氏(61)も採用面接の時に「3年で辞めます」と真顔で言う、当時としてはかなり変な学生で、リクルートという会社はそういう学生をちゃんと採用している。何か意図があったんでしょうか。

宇野:ある時、採用担当の人にこんな相談をされました。「これまでリクルートは体育会系の学生を採用してきたけど、俺たちは今、(学生ベンチャーをやっているような学生にもポテンシャルがあるという)仮説を立てて、企画系、イベントサークル系の学生を集めている。これは正しいか。お前らは本当に活躍するのか」と私に聞くんです。何の当てもなく「正しいと思います」と答えておきましたが、峰岸(真澄)さん(現・リクルートホールディングス会長)が社長になってくれて本当に良かった。

――リクルートには「(初受注した新人の席に『祝初受注』の垂れ幕を垂らして賞賛する)垂れ幕文化」など、独特の文化や制度がありました。内定者アルバイトを入れてトータル2年程のリクルート体験の中で、宇野さんが一番、影響を受けたのはどんなところですか。

宇野:おっしゃる通り、いろんな文化や制度がありました。元々「リクルートの組織文化」を学びたいと思って入社しましたから、社員が会社や上司に働かされるのではなく、社員が自律して働くための「演出」の数々は参考になりました。

 当時、私自身も週に3日くらい、会社に泊まっていました。今だとブラック企業と言われそうですが、会社の地下にあるカプセルホテルのベッドで寝て、朝から働けるので、「環境いいなあ」とみんな喜んでいました。あの頃のリクルートには、そうやって仕事に没頭して、互いを高め合う仕組みや環境がありました。

 江副さん(リクルート創業者の江副浩正氏)は心理学部の出身だったから、社員のやる気や成長を引き出す仕組みがプログラムに巧みに織り込まれていたと思います。自分たちの会社(インテリジェンス)を立ち上げた時も、折に触れて社員を表彰して褒め称える「賞賛の文化」は取り入れましたし、社員のやる気を引き出す仕組みを一生懸命考えました。

――そして宇野さんたちは起業へと動き出します。インテリジェンス創業メンバーはどうやって出会ったのですか。

宇野:私と前田(徹也)さんは明学(明治学院大学)のプロデュース研究会の同期で、私が部長をやっていました。ちなみに峰岸さんは立教のプロデュース研です。私が「いずれ起業したい」と話したところ、前田さんはそれに興味を持って「宇野がやるんだったら、俺も一緒にやるよ」と言っていました。

 次に出会ったのが鎌田(和彦)さん。私は学生時代、プロデュース研の先輩が学生時代に立ち上げたイベント制作会社で働いていて、あまりに忙しいので部下が欲しくなりました。一緒に働いてくれる人を探していた時に「慶應大学に面白いやつがいる」と知人に紹介されたのが鎌田さんでした。

 前田さんはリクルート、鎌田さんと私はコスモスに就職しました。入社して間もないある日の晩、「リクルートの同期で起業に興味がある面白い奴がいる。今から会ってみないか」と前田さんから電話があり、コスモスの地下のバーに呼び出されて出会ったのが島田さんです。「この4人で何かやろう」という話になったのです。

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