当たり前を支えるために細心の注意を払う
約30年にわたって葬儀担当者を務めてきた私にとって、遺体をきれいな状態に保つことは最も重要な業務です。お葬式では、きれいに整えられた故人と対面するのが当たり前になっているため、一般の方が遺体処置について深く考える機会は少ないでしょう。しかし、その当たり前を支えるために、葬儀社スタッフは細心の注意を払って処置を行っています。
2020年10月7日に2ちゃんねる創設者のひろゆき氏がTwitter(現X)で「室温をクーラーで18℃にすれば、遺体保全にドライアイスや冷蔵設備は必須ではない」という趣旨の投稿をして、賛同する多くの返信が付きました。しかしエアコンで室温を下げても、数日間にわたる遺体保全には不十分です。
遺体保全のポイントは、胸部と腹部を早期に急激に冷やすことです。なぜならこの部位は死後も体内で熱がこもりやすく、腐敗の進行が特に早いからです。エアコンで室温を下げても、体内の温度はあまり下がりません。そのため葬儀社スタッフは、-80℃近いドライアイスを使用するのです。また一度に使う10kg程度のドライアイスは24時間前後で消滅するので、毎日の交換が必要です。
私が「DIY葬」に否定的なのは、遺体処置は素人が初めて行うには難しく、山下さんのように失敗すると取り返しがつかないからです。また遺体から出血や体液漏れが起こっていれば、感染リスクもあります。
たまに「葬儀社はドライアイスを仕入れ値の倍の金額で販売している」と非難する人がいます。後述しますが、都度自宅訪問を行う手間に加えて、専門的な技術料が含まれているからです。
ドライアイスの当て方で葬儀社の技量が分かる
冒頭の山下さんの失敗は、死後硬直が早く現われる顎周辺を固定しておかなかったことと、耳と手にドライアイスを直接当ててしまったことが原因です。遺体処置はプロの葬儀社スタッフに任せましょうと言いたいところですが、たまにドライアイスの処置が適切にできていない葬儀社スタッフがいます。
病院で亡くなった場合、その病院と契約している葬儀社が、自宅までの遺体搬送だけを行うことがあります。その葬儀社は遺体を安置後、ドライアイス処置まで行うことが多いです。その後、遺族から葬儀依頼を受けた私が引き継ぐケースがよくありました。
その場合、私は自宅に着いて真っ先に「故人のお体を拝見させてください」と言います。なぜなら搬送を担当した葬儀社の処置が、とてもいい加減な時があるからです。医学的な知見に基づいた処置方法が社内で共有されていないか、人手不足で研修が不十分な人材を現場に出しているせいでしょう。