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孫正義氏が仕掛けた大博打「ボーダフォン日本法人買収」を振り返る

 世の中を変える起業家のほとんどは、孫と同じようにリスク・ホリック(リスク中毒)だ。1994年創業のアマゾン・ドット・コムは1997年に上場したが、創業から約20年間、営業利益をほとんど計上せず、配当もほんのわずかしかしていない。この間、売上高は爆発的に増えたが、その大半をECの物流網整備や、新たな収益源となったクラウド・サービスを提供するAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)で使うデータ・センターの設備投資や研究開発に回してきたからだ。

 機関投資家から「株主にも利益を還元すべきだ」とクレームが入ると、ジェフ・ベゾスはメディアを通じて不敵にこう言い放った。

「我々は長期的な先行投資によって圧倒的な市場リーダーになるから、アマゾンの株価は間違いなく上がる。目先の利益が欲しいなら、株を売ればいい。後で後悔することになると思うが」

 ベゾスの言葉通りアマゾンの株価は上昇し続け、今や時価総額は170兆円を超えている。ベゾスを信じて株を持ち続けた投資家は巨万の富を得た。

 今や電気自動車(EV)の代名詞になったテスラのイーロン・マスクも2017年には「プロダクション・ヘル(生産地獄)」でもがいていた。EVを開発することと、量産することは全く意味が違う。ベンチャー企業にとって「一定の品質を保ちながらの大量生産」は最も苦手とするところだ。

 生産現場では毎日のように新たな問題が発生し、解決すると次の問題が起きる。マスクは工場に寝袋を持ち込み、24時間体制でトラブルに対処した。この間、テスラの財務も地獄の様相を呈する。四半期の「キャッシュ・バーン(現金燃焼)」は1000億円規模に達し、投資家から調達した資金がみるみる燃えていく。ある米国の投資家は、この頃のテスラの株主の気持ちをこんな風に描写している。

「鼻血が出そうな損失と、涙が出そうなキャッシュ・バーン、(新型車の発表など)頻繁に公表される胸躍るニュースに常に振り回される」

 それでもマスクを信じた投資家は、想像を絶するリターンを得た。現在、テスラの時価総額は約75兆円。トヨタ自動車(約31兆円)の2倍以上だ。

 三木谷は今、孫がボーダフォン買収で大勝負に出た2006年の段階にいる。孫が国内携帯電話事業を「金の成る木」に変えたように、三木谷も楽天モバイルで成功を収められるのか。一つだけ分かっているのは、今の日本で、有り金全てを賭けのテーブルに放り出すようなリスク・ホリックな生き方ができる男は、三木谷と孫の二人だけだ、ということである。

第5回に続く)

【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。1988年早大法卒、日本経済新聞社入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(日本経済新聞)、『東芝 原子力敗戦』(文藝春秋)など著書多数。最新刊『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)が第43回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」最終候補にノミネート。

※週刊ポスト2021年9月10日号

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