真壁昭夫 行動経済学で読み解く金融市場の今

金利差拡大で1ドル=144円台は通過点か 若い世代は知らない“米金利20%の時代”も

1980年代に「インフレファイター」として剛腕を発揮した元FRB議長、ポール・ボルカー氏(Getty Images)

1980年代に「インフレファイター」として剛腕を発揮した元FRB議長、ポール・ボルカー氏(Getty Images)

「ゴルディロックス相場」しか経験していない世代も

 そう考えていくと、この先も円安が進むかどうかはFRB次第であるのは明らかだ。なにしろ現在は円安というよりも、ユーロも対ドルで安くなっており、ドルの独歩高といえる。

 そして、このドル高を支えているのが、「FRBは金融引き締めによってインフレを鎮静化し、景気も悪化させないだろう」と楽観視する市場の見方だろう。そのように楽観的な見方をする人々は、ここ20年ほどの「ゴルディロックス相場(緩やかな経済成長と低金利が続く適温相場)」しか経験していない、若い世代が多い。

 ただし、相場はそう単純なものではない。依然、楽観視が目立つ“新世代”は知らないかもしれないが、かつて米国はインフレに苦しみ、とんでもない水準まで金利が上昇したことがある。1979年からの第2次オイルショックによってインフレが加速し、当時のFRBのボルカー議長は「インフレファイター」と呼ばれるほど利上げを断行し、米国の金利は一時20%にまで跳ね上がった。

 あの時代を知っている“旧世代”なら「金利はもっと上がってもおかしくない」などと考えられるかもしれないが、市場関係者の間ではまだまだ楽観視する向きが多いのが実状だ。

 そうした構図を行動経済学の視点からみると、“新世代”は最新の情報ばかりで判断しがちな「親近効果」が働いているといえる。昔のことはあまりよく覚えておらず、最近の出来事の記憶が鮮明なために、ついつい最新の情報をもとに意思決定してしまうわけだ。そして、それが「アンカーリング」となって考え方を支配する。船が海流に流されないようにアンカー(錨)をおろすように、印象深い情報が海底におろされたアンカーのように心の働きをコントロールするのだ。

 そのように新旧両者の思惑がぶつかるなか、やはり為替相場の動向を握るのは日米双方の中央銀行のスタンスだろう。この先、FRBは9月20~21日のFOMC(連邦公開市場委員会)で0.75%、11月と12月のFOMCでそれぞれ0.5%ずつの利上げを続ける公算が高い。一方の日銀は、少なくとも黒田東彦総裁が任期を迎える来年4月までは金融緩和を継続する見込みで、日米金利差がますます拡大すれば、1998年につけた「1ドル=147円台」、さらにその先も視野に入ってくるだろう。

【プロフィール】
真壁昭夫(まかべ・あきお)/1953年神奈川県生まれ。多摩大学特別招聘教授。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリルリンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学教授、法政大学大学院教授などを経て、2022年4月から現職。「行動経済学会」創設メンバー。脳科学者・中野信子氏との共著『脳のアクセルとブレーキの取扱説明書 脳科学と行動経済学が導く「上品」な成功戦略』など著書多数。近著に『ゲームチェンジ日本』(MdN新書)。

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