大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

円安の助長、ゾンビ企業の延命… 日銀の「異次元金融緩和」が残した負の遺産

「異次元金融緩和」をやめられない日銀・黒田東彦総裁(イラスト/井川泰年)

「異次元金融緩和」をやめられない日銀・黒田東彦総裁(イラスト/井川泰年)

 デフレ脱却のため、2013年から日本銀行は“異次元金融緩和”を実施してきた。しかし今年に入ると、ロシアのウクライナ侵攻などからエネルギー価格が高騰。日本は歴史的な円安・物価高に襲われている。それでも黒田東彦・日銀総裁が金融緩和を続けるのはなぜか。経営コンサルタントの大前研一氏が考察する。

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 本来、政府は新しい産業・企業を育てるための規制撤廃・規制緩和を断行すべきだったが、既存の産業・企業を守ることを最優先にしてきた。その結果、アメリカの調査会社「CB Insights」によると、日本のユニコーン企業(※起業から10年以内で未上場のベンチャー企業のうち、10億ドル以上の市場価値がある企業)は6社しかない。世界トップはアメリカの487社で、2位が中国の171社、3位がインドの53社だ。日本は10位のシンガポールと韓国の11社にも引き離され、15位に甘んじている。

 20世紀は日本と同様に古い産業・企業を保護していたドイツでさえも、今は首都ベルリンが「ベルリンバレー」と呼ばれるヨーロッパ版シリコンバレーのようなスタートアップの集積地になり、25社(5位)のユニコーン企業を生み出している。2000年代初頭にゲアハルト・シュレーダー首相が断行した構造改革「アジェンダ2010」が実を結びつつあるのだ。

 現在の円安は、安倍晋三元首相のアベノミクス、それに同調した黒田東彦・日本銀行総裁のアベクロバズーカがもたらした結果である。「異次元金融緩和」で円安にして国際競争力が低下した輸出産業の後押しをするとともに、実質的には経営破綻(利益で借入金の利子を払うことができない状態)に陥っていながら利払い猶予(モラトリアム)で経営を続けている「ゾンビ企業」を延命させてきた。言い換えれば、労働生産性が低くて成長できない日本企業に“助け船”を出したわけで、いわば異次元金融緩和は、いまアメリカで過剰摂取が社会問題化しているオピオイド(麻薬性鎮痛薬)のようなものである。

 岸田政権もそれを継承し、黒田日銀は異次元金融緩和を10年近く続けている。これでは日本企業の労働生産性が上がるはずがないから、給料も上がるわけがない。

 岸田政権は「賃上げしろ」と大号令をかけ、賃上げした企業の法人税の税額控除率を引き上げるという人参をぶら下げているが、完全に的外れだ。つまり、現在の日本の低迷は、資本主義の根本を理解していない政府・日銀が原因なのである。

 しかも、いまや日本企業の工場の大半は中国や東南アジアなどにあって海外から他の海外の国に輸出しているケースが多いので、円安になってもメリットはない。逆に、海外で作っている製品を日本国内に輸入して販売している企業の利益は減少する。だから2022年度上半期の貿易収支は円安にもかかわらず輸出が減少し、赤字が9兆2334億円に達したのである。

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