親から子への“与えすぎ”も問題を引き起こすという(イメージ)
裕福な家庭の子どもが無職だったり、ニートだったりすると、白い目で見られがちだと指摘するのは、NPO法人World Open Heart理事長の阿部恭子氏だ。特にそれが男性の場合は、その傾向が顕著だという。もちろん富裕層家庭に生まれて親以上に活躍する人も大勢いる。その違いはどこから来るのだろうか。
阿部氏の新著『お金持ちはなぜ不幸になるのか』より、子どもが気力をなくしてしまう富裕層家庭にありがちな問題について、考察する。(同書より一部抜粋して再構成)【全3回の第3回】
働かない男性に対して世間が向ける厳しい目
内閣府の調査によると、日本の引きこもり人口は15歳から64歳まで推計146万人。80代の親が50代の子を支える「八〇五〇問題」も深刻化しているといわれています。
私は拙著『高学歴難民』で、博士課程や専門職大学院で学位を取得したにもかかわらず、就職できずに社会を彷徨う人々を取材しました。明治時代から昭和初期にかけて、高等教育機関を卒業しながら経済的に困らないことから就職せず、自由な生活を送る人々は「高等遊民」と呼ばれていました。
私は「高等遊民」と「高学歴難民」を明確に区別しています。前者は経済的に余裕がありますが、後者は困窮に近い状態です。「高等遊民」は働いてはいませんが、生活には困っていません。
実際、ニート・引きこもりと呼ばれる人々の中には、生活に困らない人々も存在しています。
では、家族が何に困っているのかといえば、世間体です。特に、働かない男性に対して世間は厳しい目を向けます。時には、犯罪者予備軍のような扱いさえ受けることもあるのです。
一方、現在は共働き家庭が主流となっていますが、少し前まで専業主婦は当たり前で、子どもが問題を起こせば、働いている母親が責められることもありました。未婚の女性については「家事手伝い」という肩書もまかり通っていましたが、男性には通用しません。
働いていないわけではないのですが、妻の手伝いをするアルバイトという身分であることから、劣等感に苛まれ、犯罪に手を染めた例もあります。
これからの時代、稼がない男性を「男のくせに」と否定せず、「専業主夫」という生き方も認められるべきだと私は考えています。
