大きな誤算は中国との相互関税の全面対決
米国債不安を指摘すればきりがないが、株式市場は投資家の総意を反映すると考えるのであれば、多くの投資家は、極端なことが起きる可能性は低いとみているようだ。
“不健全で巨額な財政赤字”、“産業の空洞化、収入格差を生む原因となる貿易赤字”を解消するには、この双子の赤字が収益を生み出すシステムの中にいる既得権益層と正面から立ち向かわなければならない。双子の赤字が数十年にわたり解消できずに存在し続けているといった歴史が示すように、赤字解消は非常に困難な仕事であり、常識的なやり方ではとても達成できない。世界各国を敵に回すような高率な追加関税や、イーロン・マスク氏が率いる政府効率化省による強引なリストラ、予算削減などが必要だとする意図はわからないでもない。
トランプ大統領の気質は、政治家というよりも生粋のビジネスマンだ。交渉相手に対して、最初に過大な要求を突き付けた後で、交渉を通じて相手の要求との隔たりを埋めていくような手法で、政治や外交を行っている。相互関税政策では、各国別の追加関税は最初からブラフであったと考えれば、交渉はおおよそトランプ大統領の想定通りに進んでいるのかもしれない。
米国に有利な市場開放や、米国内への直接投資を勝ち取った上で、最終的に多くの国が一律10%の追加関税率で収まるのであれば、売り手、買い手双方での負担、為替の調整などを通じて、物価への影響を吸収できるかもしれない。関税獲得を財政再建の一助にすることができるかもしれない。
もっとも、中国は一歩も引かず、米国との全面対決に出ている。相互に100%を超える関税をかけ合う形となったことは、大きな誤算であろう。米中経済は密接に絡み合っており、仮に50%に引き下げられたとしても、その物価への影響は免れない。トランプ政権としては、中国から金融などで大きな市場開放を勝ち取った上で、米国内へのインフレを最小限に抑えられるレベルの追加関税率での決着を望んでいるのではなかろうか。
投資家の立場からすれば危ない綱渡りのように見えるが、トランプ政権はベッセント財務長官をはじめ、金融市場に精通した閣僚、スタッフを抱えている。政権全体としてみれば、米国債に関するリスクの所在、市場への適切な対応方法などを十分把握しているはずだ。
トランプ大統領の交渉力、周りを固める経済、金融関連スタッフの能力を信じられる投資家にとっては、この局面は投資のチャンスなのかもしれない。
文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。