いい店、いい酒、いいお客
ナマズは本当にうまい魚だということを知ってほしい
「こういう、本当にいい店には、いいお客さんが集まるんですねえ」
店内を見まわして、ケンちゃんが言う。その通りだと私は思う。みんな、好きな酒とつまみを楽しみながら、あれこれとおしゃべりしている。11時の開店直後から、店内は満席状態になっているのに、その喧噪が穏やかなのだ。みんなで集まって、少しアルコールも飲んでしまう洒落たブランチを楽しんでいる。
「彼等の飲み方。きれいですよね。しっかりしている」
ケンちゃんが言うのは私たちのテーブルから近いカウンターにいた若い男性の3人連れのことだ。勝手知ったる感じで注文し、午前の酒を楽しんでいる。その姿が頼もしいいのだ。
「こういう若い人たちがいるなら日本の未来は安心ですね」
彼等に未来を託すのはさすがに気の毒だが、ケンちゃんの気持ちはすなわち私の気持ちだった。
兄ちゃんたち、いい酒の飲み方を知ってんな。こういう店を大事にするんだぞ……。
里芋の唐揚げには、岩塩が添えられている。ミネラル豊富な、とわかったようなことを言うが、つまり、甘く深く、うまい塩だ。そして、ついに、ナマズが来た。
里芋の唐揚げも名物のひとつ
これがまた、うまいのだ。絶妙なパリパリ感の衣の下から出てくるナマズの肉は鶏を思わせる。昔、多摩を流れる細い川の流れが淀んで深場になっているところで、小さなナマズを釣ったことがあった。鯉かと思ってあげたところ、鉤にかかっていたのは、小ぶりながらふてぶてしいナマズだった。
今、その遠い親戚を喰っていると思ったら自然に笑いが出たが、この唐揚げ、サクサク、フワフワ、そして、喰っている間に、こいつぁ栄養があるぜ、と思いたくなるような濃さがある。臭みなど、まるでない。
淡水の魚の逞しさというか。野の川や池の清らかな水の中で、虫やカエル、蛇や小魚などの滋養を吸収してきた一匹のナマズ。沼の主みたいな奴なのに、唐揚げにされて、こんなにおいしくなって……。なんとも不思議な気分になる。
私たちはハイリキの300mL瓶を追加した。そろそろ店に来て1時間半が経とうとしている。店内滞在の目安は90分と決まっているから開店と同時に入店した人たちは、そろそろお会計なのだ。私たちも、その一組だ。
昭和25年創業。3代にわたってこの地で営みを続ける「まるます家」。昭和、平成、令和と、山あり谷ありの歴史の中で、老若男女から愛され続けた店だ。
また、来よう。今度は夜に、ゆっくり日本酒を味わいたい。
昼飲み激戦区の赤羽でもその存在感は随一(「まるまる家」東京都北区赤羽1-17-7)
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』や、最新刊『酒場とコロナ』が好評発売中。