ネットニュース編集者の中川淳一郎氏
社会人は「忙しいほどエラい」の風潮もあるが
普通「暇」というのは「恥」のように思いがちです。しかし、Aさんは「自分は暇だから毎日図書館に行ってあなたの雑誌連載を読んだり、こうしてカラオケスナックに昼間から行ける。ただ、この街を良くしたいんだ!」と主張する。
これは案外新鮮でした。私が社会人になった1997年以降、打ち合わせや飲み会で会う時の定番はこんなやりとりでした。
「中川さん、お忙しいでしょ?」
「いやぁ、○○さんほどではないですよ~」
「いえいえ、ご活躍は聞いていますよ。相当お忙しいでしょうね」
「まぁ、そこそこ忙しいですが、○○さんには負けますよ!」
このように、なぜか「忙しいほどエラい」という風潮が存在するのです。そんな中、Aさんを含めた高齢者の皆さんは、「ワシは暇じゃ!」と誇らしげに言う。さらには「ワシは暇やけん、お前はワシに付き合え!」とまで言ってくる。
カラオケスナックに誘ってくれたAさんは、ボートレースのオッズを見るべく、ボートレースの舟券売り場に行こうとしていたようですが、私と会ったためそれを後回しにし、カラオケスナックに連れて行ってくれた。とにかくAさんは日々図書館→カラオケスナック→舟券売り場といった生活を送っていて、道で出会った人、さらには突然電話をかけて「お前、今から来れるか!」とやる。
この様子を見て、私は「オレは暇人だ!」と言える人の強さを感じたんですよ。実はAさんは日本有数の高級ホテルチェーンの重鎮を務めた人物で、全国に有力者の知り合いがいる。だから、頻繁に唐津から東京へ通い、当時のお客さんや取引先や同僚と打ち合わせをしながら旧交を温める。
そして、地元に戻ると「暇だから」カラオケスナックに行き、知り合いに電話をしまくったり道で会う若者を誘って楽しむ。時間とお金、両方を持つ人でしかできないこの生き方、今後の見通しが立てにくい私のようなしがない52歳ライターにとっては、羨ましくて仕方がありません。
【プロフィール】
中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう):1973年生まれ。ネットニュース編集者、ライター。一橋大学卒業後、大手広告会社に入社。企業のPR業務などに携わり2001年に退社。その後は多くのニュースサイトにネットニュース編集者として関わり、2020年8月をもってセミリタイア。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)、『縁の切り方』(小学館新書)など。最新刊は倉田真由美氏との共著『非国民と呼ばれても コロナ騒動の正体』(大洋図書)。
