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《沖縄県政が目を背け続ける悲劇》玉城デニー知事に涙の訴え「私の土地を返してくれ」 1972年返還の喧噪の中で持ち主の権利が取り残された「ゼロ番地」問題、国との対立の間で続く県のサボタージュ

「土地を返してほしい」と訴える奥間浩氏(筆者撮影)

「土地を返してほしい」と訴える奥間浩氏(筆者撮影)

 辺野古転覆事故を起こした抗議団体が自身の支持基盤・オール沖縄の構成団体であることからその対応が問われている玉城デニー沖縄県知事。「誰一人取り残さない沖縄の実現」を掲げ、9月の知事選での3選を目指す出馬表明をしたが、その陰では1972年の沖縄返還の喧噪と混乱に取り残されたままの人物がいた。沖縄県政と玉城知事が目を背け続ける半世紀を超える悲劇とは。ノンフィクション作家・広野真嗣氏がレポートする。【全文】

「無願埋立」として取り上げられた「東京ドーム半分」の土地

「親父が生前、僕に言ったんですよ、あれは〈死に地〉だって」

“使いようのない土地”といった意味の方言で肉親の無念を語る65歳の奥間浩氏の頭髪は白い。

 その白を際立たせるのは、交通誘導員の現場仕事で焼かれた赤黒い顔だ。猜疑の色がにじむその眼窩に何度も拳を押し付けた。疲弊というより悲嘆であると私には見えた。

 奥間家は「門中(むんちゅう)」と呼ばれる同じ父方の血族を取りまとめる家系で、嘉手納基地そばにいくつも土地を抱えていたが、「死に地」に手を焼くうちに没落し、借金返済のために最後に残った3階建ての実家も数年前に人手に渡った。

 買い手の好意で94歳の母、姉と兄がいまだに暮らしているが、あと何年続けられるかわからない。窮状を語る浩氏の目線の先にあるのが、嘉手納発着の米軍機を間近に見る、北谷(ちゃたん)町の埋立地だ。

 7600坪、東京ドームの半分に及ぶこの敷地は造成から60年も経つのに草茫々の更地。番地がつかないことから「ゼロ番地」とも呼ばれる。

 南に隣接する宮城海岸はサーフスポットで知られ、外国人向けホテルや住宅地が連なる。さらに南側には、観光客に人気の商業エリア・アメリカンヴィレッジが広がる。

 南北19万坪に広がる一帯を自力で埋め立てたのが10年前に世を去った浩氏の父・盛行氏だ。ただその最後の一角であり、最後の財産でもあるゼロ番地は、手続きを欠いた「無願埋立」として取り上げられ、現在の登記上の所有者は、国だ。法定受託事務として県に管理権限が委ねられている。

 浩氏は、「デニーさんには、聞く耳を持ってくれと言いたいです」と語る。奥間親子の代理人と沖縄県の交わらない攻防を取材すると、「辺野古新基地反対」とファイティングポーズを構えるには勇ましいが、その実、県民目線で具体的解決を導けない玉城デニー知事の実像に突き当たるのだ。

次のページ:「琉球政府の指導に従って埋め立てた」

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