トランプ大統領(右)が新設したホワイトハウス信仰局上級顧問で福音派牧師のポーラ・ホワイト氏(AFP=時事)
アメリカのトランプ大統領がイスラエルとの共同作戦でイラン攻撃を始めてから3か月以上が過ぎた。この間、中東からの原油供給などが途絶え、世界経済の先行きは混迷を深めている。そうしたなか、近著『危機管理の日本史』で、日本の歴史をリスクマネジメントの観点から解き明かした歴史作家の島崎晋氏は、トランプ大統領の支持母体の一つとされるアメリカのキリスト教「福音派」に注目する。キリスト教における「富」や「蓄財」に関する思想の変遷をたどりながら、福音派のトランプ支持の信仰的背景について、島崎氏が探る。【前後編の前編】
目次
「福音派」はトランプ氏の鉄板支持層の一つ
アメリカのトランプ大統領と中東のイスラエルを軸として国際情勢と世界経済が揺れ動いている。そのせいか、西欧の宗教思想とキリスト教史を専門とする立教大学教授・加藤喜之氏の『福音派—終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)や、ロシア・ユダヤ史を専門とする東京大学大学院准教授・鶴見太郎氏の『ユダヤ人の歴史』(中公新書)などの関連書籍が、出版不況といわれるなか、驚くほどの増刷を重ねている。
ユダヤ人やイスラエルについては世界史の授業で習った覚えのある人が多いだろうが、福音派についてはどうか。今、アメリカでは福音派がMAGA(アメリカを再び偉大に)や白人至上主義者、「ラストベルト」(錆びた工業地帯。かつて製造業の中心だったアメリカ中西部から北東部)の貧困層などと並ぶ、トランプ氏の鉄板支持層と言われている。
福音派とは特定の宗派や教派(プロテスタント内の下部単位)を指すのではなく、聖書にある出来事をすべて歴史的な事実と信じ、聖書の教えに忠実であろうとする信者たちの総称だ。神による万物の創造やノアの箱舟などを歴史的事実と信じ、進化論を完全否定する原理主義者や、アーミッシュ(暴力・争い事を完全否定し、電気の使用をはじめ、近代文明の受け入れをも拒絶)に代表されるメノナイト系とも明らかに一線を画する。福音派のなかでも政治活動に熱心なグループは、宗教右派またはキリスト教右派と呼ばれる。
前回(2024年)の大統領選挙では、福音派が多数を占める「聖書ベルト」と呼ばれる中西部から南東部13州すべてでトランプ氏が勝利。そのうち6州では得票率が60%超にも及んだ。この一事をもってしても、福音派の持つ影響力の大きさは明らかだろう。
「福音派」はなぜトランプ氏を支持するのか
それにしても、キリスト教の聖典である『新約聖書』、それも教祖であるイエスのことばをまとめた「福音書」を読んだことのある人からすれば、福音派の人びとがどうしてトランプ氏を強く支持するのか、理解に苦しむはずである。
「福音書」では、「富んでいる者が神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通る方が易しい」「持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に与えなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。それから私に従いなさい」など、蓄財に否定的な教えに加え、商業や金融業を「労働」とは呼ぶに値しないと、これまた否定的に唱えられているからだ。
そもそも大富豪の実業家にして、大統領就任後はインサイダー取引をはじめ数々の利益相反行為を疑われているほか、過去の性的スキャンダルを暴露されたり、攻撃的・差別的な言動を繰り返すトランプ氏は、品行方正とはおよそ正反対の人物というイメージを持つ人もいるだろう。それだけに日本人の中でも「福音書」に深く接したことのある人ほど、福音派の心中に対する困惑が収まらないのである。
福音派の意思決定について知るには、大雑把でよいから、キリスト教における富・財産に対する思想の変遷を把握しておく必要がある。
