社会学者で東京大学名誉教授の上野千鶴子さん。近著に『女遊び』など(撮影/後藤さくら)
「『おひとりさま』は、寂しくもかわいそうでもない。私はずっとひとり暮らしを続けてきて、そのまま老後に入っただけ。これからの生活に何の不安もありません」
そう語るのは、『在宅ひとり死のススメ』の著者で社会学者の上野千鶴子さんだ。
「私は集団生活が嫌いだから、施設には入りたくない。老後の希望は在宅ひとり死一択です。介護保険制度が始まって26年経ち、現場のスキルは上がって、自宅での看取りは充分可能になりました。むしろ、余計な介入をする家族がいないおひとりさまほど、希望通りの最期を迎えられる時代です」(上野さん・以下同)
最低限の年金と住まいを確保しておけば何とかなる
上野さん自身、老後に向けて40代から着々と準備を進めてきた。
「遺言書を作成し、状況に合わせて何度も書き直しています。看取りまで対応してくれる近所の訪問診療医と、訪問看護ステーションも決めました。訪問介護事業所とも契約を結び、遺言執行人を指名して遺産の処理までしてもらえる体制を整えています。ただ、死んだ後のことには何の関心もないので、お葬式もお墓も不要。友人に散骨をお願いしています」
最低限の年金と、追い出される心配のない住まいさえ確保しておけば、何とかなると上野さんは言う。多くの人が恐れる「孤独死」についても、独自の見解を示す。
「孤独死には『誰にも看取られずに死ぬこと』と『死後、一定期間経ってから発見されること』の2つの意味があります。人間、死ぬときはどうせひとりなのだから、臨終に立ち会い人がいなくても何てことない。
問題は後者ですが、早めに発見してもらえる仕組みを作っておけばいい。要介護認定を受ければケアマネがつき、軽度でも週に2日はデイサービスに行くか、訪問介護に来てもらえます。そうすれば3日以内に発見してもらえます。それに加えて信頼できる友人をつくって、合鍵を預けておくことです。そのためには人間関係の蓄積が必要。孤立しないことですね」
認知症になると「自分ではなくなる」は偏見
認知症も、必要以上に恐れることはないという。
「認知症になると『自分ではなくなる』というのは、完全な偏見です。失われるのは短期記憶で、その人らしさまで失われるわけではない。介護のプロに任せれば大丈夫。仮に自宅で裸で歩き回るようになっても、自分が心地いいのなら問題ないでしょう。失禁しても自分の家です」
大切なのは、自身の老いから目を背けないことだ。
「老後の自分がどうなるかわからなくて不安なら、介護現場を見に行っていろんな人の老い方、死に方を知ればいい。ありのままを受け入れて開き直り、準備を整えれば、自分らしい死を迎えることは可能です」
※女性セブン2026年9月3日号
