「郵便局存続で地域社会は機能し続ける」は全くの幻想
日本郵便は、上場企業の日本郵政の100%子会社として位置づけられている株式会社だ。「特殊会社」となっており一般的な会社よりは公共性が高いが、それでも将来の設備投資や従業員の昇給のためには利益を上げなければならない。企業経営の立場で考えれば、利益確保のために不採算事業をカットして合理化を図るのが当然である。
しかも、人口減少は政府の想定よりも速く進んでおり、過疎地域が拡大するスピードは速い。それだけ日本郵便の赤字が膨らんでいくということだ。黒字化への取り組みと“最後の砦”としての役割を果たすという相反するミッションを両立させることは極めて困難である。
にもかかわらず、総務省は新交付金について「650億円」を仮定の数値とし、交付金額は毎年度の申請を踏まえ変動すると説明している。財政支援額を増やしてでも地域拠点の活用を推進するということなのだろうか。このまま交付額が拡大して行けば、民営化の趣旨に反する。逐次投入となることも懸念される。
人口減少社会において一定規模の商圏を維持できない地域は、医療機関、公共交通機関、学校、スーパーマーケットなどあらゆる社会インフラがドミノ倒しのように廃業・撤退する。
それは郵便局も例外ではないのだが、政府・与党は郵便だけを特別扱いし、ユニバーサルサービスを課すことで無理やり存続させてきた。そろそろ限界だろう。
「郵便局にさまざまな機能や役割を担わせれば、地域社会は機能し続ける」というのは全くの幻想だ。郵便局だって。何でも担えるわけではない。顧客数が減って民間事業者や公的サービスが撤退・廃業した場所に郵便局だけが残っても、地域住民の暮らしは成り立たない。郵便局を過疎地域の“延命策”と結びつける「悪あがき」はやめて、地域ごとに人口集約を図ることで社会機能を維持するという“地方政策の王道”を歩むべきである。
人口減少社会の地方政策の核心は、過疎エリアの社会インフラの維持コストを金銭面、人材面において、誰が負担するのかという点にある。これを民営化した日本郵便に押し付けることは現実的でない。