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かつては日本でも被害、いま南アフリカで鉄道架線の盗難相次ぐ背景

1967年、日本で起きた架線盗難事件

 架線の盗難など、遠い国の出来事のように思うかもしれないが、記録をたどれば日本でも過去に同じような事件が起きている。なかでも規模が大きかったのは1967年11月、国鉄横浜線の原町田駅(現在の町田駅)と長津田駅との間で発生した架線盗難事件だ。

 この日の早朝4時45分頃、運転士が橋本駅発、東神奈川駅行きの始発列車を運転していたところ、前方に架線が張られていないことに気付き急停止した。調べてみると、トロリ線が430mにわたって盗まれており、列車は4時間立ち往生し、合わせて31本の列車が運休になったという。今でこそJR横浜線の沿線は住宅が建ち並んでいるものの、当時は民家が少なく、人気もまばらだった。そのため、5mの高さに張られている架線にはしごを掛け、直径12mmのトロリ線を切断して持ち去っても、誰も気付かなかったのだ。

 目撃者がいないとはいえ、トロリ線を切るには相当の度胸が必要だ。当時も今も横浜線のトロリ線には、直流1500Vと高圧の電気が流れていて、よほどの絶縁対策を施さない限り感電してしまうからだ。ところが、事件が起きた晩、国鉄は午前1時から午前4時までこの区間の送電を止めていた。となると、内部事情に詳しい者の犯行が考えられるが、その後の新聞記事を探しても犯人が捕まったという報道は見当たらなかった。

 盗まれたトロリ線の重さは400kg余りだそうで、現在の新品価格で換算すると被害額は31万6000円となる。だが、国鉄の損害はこれだけではない。架線の修理費用や、列車の運休に伴い私鉄などに振替輸送を行った際の立て替え費用などを合わせれば、被害総額は現在の金額で1000万円近くに達したのは間違いない。

 今回の南アフリカの事件でも、空中に張られた架線だけでなく、地中に埋まった送電用または通信用のケーブルまで根こそぎ盗まれ、信号機などの電子機器も破壊されていたという。世界の鉄道会社は、コロナによる経営難だけでなく、盗難や破壊にも気を配らなければならないのである。

【プロフィール】
梅原淳(うめはら・じゅん)/鉄道ジャーナリスト。大学卒業後、三井銀行(現在の三井住友銀行)入行。雑誌編集の道に転じ、月刊「鉄道ファン」編集部などを経て2000年に独立。現在は書籍の執筆や雑誌・Webメディアへの寄稿、講演などを中心に活動し、行政・自治体が実施する調査協力なども精力的に行う。近著に『新幹線を運行する技術 超過密ダイヤを安全に遂行する運用システムの秘密』がある。

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