大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

悠々自適は退屈と背中合わせ 「早期リタイア」の理想と現実

 たとえば、ある大手通信企業の役員たちは「社長が休暇で別荘にいる時こそ最も油断できません」と打ち明けた。社長から呼び出しがかかったら押っ取り刀で別荘に駆けつけられるように、休日でも彼らは自宅でじーっと待機しているそうなのだ。そこで、そんな彼らを私は自分の遊びに巻き込んでバケーションを一緒に過ごしてみたのだが、今度は誰もが「あれから1週間は(遊び疲れて)仕事に復帰できませんでした」と言う。つまり、日本のサラリーマンは経営者や役員でも仕事と趣味や遊びをパラレルにやっていくことに全く慣れていないのである。

 このため、結局みんなが「リタイアしたら○○をやりながら悠々自適の生活をしたい」という夢を見ることになる。しかし、それも思い通りにはいかない。

 たとえば、釣りが趣味だった大手重工メーカーの社長は引退後、郷里の漁師町に戻り、憧れていた「毎日釣りをする生活」をしていたが、すぐにやめてしまった。素人が釣った魚は売ることができないから自分と奥さんで食べるしかなく、釣れば釣るほど持て余して虚しくなったからである。

 また、カメラが趣味だった副社長の場合、現役時代は海外に行くたびに名所旧跡の写真を撮り、作品を自宅に呼び集めた部下たちに披露していた。しかし、引退したら誰も来なくなったので張り合いがなくなり、カメラはお蔵入りとなった。

 もう一人の副社長も同様のパターンだった。リタイア後のゴルフ三昧を楽しみにしていたが、毎日のようにゴルフをしていると、一緒に回るメンバーも代わり映えがしないから飽きてしまい、たまにしか行かなくなったのである。

 要するに「悠々自適」は退屈と背中合わせであり、趣味や遊びは「リタイアしたら」ではなく、現役時代からパラレルでやるべきなのだ。やりたいと思ったことを、やりたいと思ったタイミングで始め、その中から自分が打ち込めるものを見つけて長く続ける──それが人生をエンジョイする秘訣なのである。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『稼ぎ続ける力』(小学館新書)など著書多数。

※週刊ポスト2021年4月16・23日号

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