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プーチン大統領の「反・欧米演説」から考える、「陰謀論」と陰謀についての正しい理解を分かつもの

「正しいと思われているもの」の問題

 さて、いま陰謀論なのかそれとも真説なのかがもっとも検証されるべきなのは、「自由と民主主義という錦の御旗を振り回しながら、世界を支配しようとする一派がいる」という説だ。

 西側陣営である日本で暮らす私たちは、自由と民主主義は正しい、自由と民主主義を世界に普及させることもまた正しいと信じて疑わない。例えば、中央集権国家に自由と民主主義をもたらすことはよいことだと思い、大きなお世話だとは考えず、自由と民主主義の代表であるアメリカ合衆国が介入することももっともだと思いがちだ。

 けれど、この自由と民主主義というお題目など嘘っぱちで、一極集中の支配を行おうとしているのだと告発しているのが、上に挙げたプーチンの言葉なのである。

 ここで問題なのは、自由と民主主義という言葉が非常な正しさで輝いている言葉だということである。その他、圧倒的に正しいと思われているものは、多様性だって脱炭素だってマイノリティの権利だって、みんな人々を思考停止に導く力を持っている。否定しがたい正しいキーワードを振り回しながら、それとはまったく異なる支配を引き起こそうという陰謀が進行中だと言うことだ。

 そして正しさによってまたひとつのハレーションが起り、正体を見極めるのがさらに困難になる。そして、ここに巧みな情報戦(フェイクニュース、さらには宗教的な主張も含まれる)やマネーやエネルギー問題などを複雑にからめて支配を押し進めるという構図が、もっともサイズの大きな陰謀だ。

 ではこの陰謀は陰謀論にすぎないのか、それとも真実なのか。ここを見極めるにはどうしたらいいか。これはとてもとても難しい。雑事に追われて日々を忙しく生きている私たちは、膨大な情報を精製して、世界のより正しい見方を手に入れるということは極めて困難だ。なので私たちはつい専門家の意見を聞く。けれど専門家の言説さえもなんらかのバイアスや政治的意図のもとにあると言うことを、私たち(すくなくとも僕)はコロナ禍で痛感した。

 言えることは、一聴して正しいことを信じない。百聞は一見にしかずと単純に決めてしまわない、感情に流されないで(僕などよく流されがちだ)、虚心坦懐で情報に接するということくらいなのかもしれない。安易な陰謀論は退けなければならないし、「陰謀論だ」というレッテル貼りにも警戒しなければならない。実に歯切れの悪い結論になってしまった。だけどしかたがない、世界はとてもとても複雑なのだから。

【プロフィール】
榎本憲男(えのもと・のりお)/1959年和歌山県生まれ。映画会社に勤務後、2010年退社。2011年『見えないほどの遠くの空を』で小説家デビュー。2018年異色の警察小説『巡査長 真行寺弘道』を刊行し、以降シリーズ化。『DASPA 吉良大介』シリーズも注目を集めている。近刊に真行寺シリーズのスピンオフ作品『マネーの魔術師 ハッカー黒木の告白』、『相棒はJK』シリーズの『テロリストにも愛を』など。最新刊に『アクション 捜査一課 刈谷杏奈の事件簿』がある。2015年に発表され話題となった、3.11後の福島の帰宅困難地域に新しい経済圏を作る小説『エアー2.0』の続編『エアー3.0』を現在構想中。

  

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