9月24日に90歳の誕生日を迎えた作家の筒井康隆氏。“不良老人”として人生論を披露してきた筒井氏は、春に自宅で転倒したことをきっかけに老人ホームに入居したという。現在の生活について筒井氏が語る。【全3回の第3回】
谷崎潤一郎賞は傑作だった
いまはタバコは吸わないし、お酒も飲まなくなった。それに本も読まなくなりましたね。他の人が書いた小説にも興味がなくなってきたし、(選考委員を務めてきた)山田風太郎賞というのは前からつまらないなと思っていたから、もう辞めました。あとは、谷崎(潤一郎)賞ですね。谷崎賞の選考も、一回休んだんですよ。
このあいだ、その選考のことを聞いたら、(選考委員の)桐野(夏生)さんも(川上)弘美ちゃんも、みんな票が割れたんだそうです。年に2作も3作も傑作があるとは思えないからお断わりしたんだけども、それぐらい、なんというか面白いものが多かったと。『筒井さん、やれば良かったのに』って言われて、しまったなと思ったね。そんな傑作があるっていうことが確実であれば、選考をやってたんだけども、残念でした。だから、来年は保留にしていますよ。
私が最後に選考した受賞作の『水車小屋のネネ』(津村記久子・著)も傑作でしたから。
[筒井氏は63歳だった1998年、75歳の老人を主人公にした長篇『敵』を出版した。その刊行を記念した数学者の森毅氏との対談で、筒井氏は人生を3つの時代に区分した。
〈三十歳までは学習の時代、六十歳までは労働の時代、つまり収穫のための種蒔きの時代、そしてそれ以後を収穫の時代としたのである〉(『老人の美学』)
90歳を迎えた筒井氏に、自らのキャリアと3つの時代区分を振り返ってもらった。]
ありがたいことに、『敵』が映画になるんです。主人公の老人・渡辺儀助を演じるのはベテラン俳優の長塚京三で、結末が小説と違う。もっと映画らしい結末になっていて、満足しています。あれ以上のものは望めないし、よくぞモノクロで撮ってくれたと思いましたよ。
これからはもういままでみたいな大きな収穫はないかもしれないけど、これもその一つの収穫でしょうね。
いま振り返れば、僕が30歳になったばかりの頃は、まだ実力なし。30代になって急に実力がついたと思います。そして60代や70代っていうのは、僕にとっては全盛期ですものね。賞をとったり、前衛的な作風が評価されたり、それを良いことにしてまたもう一段階、馬鹿なことを書いたりね。
作家はその時その時で、自分の実績がどういうふうに見られているかが見えなくちゃいけない。40代、50代、60代と、書きまくっていたあの時代のことを、いまと同じように思っちゃいけないということです。読者だって、あの頃と同じじゃないんだから。やっぱり、僕は役者をやっていたわけだから。自分がどう見えているかというのは、その経験が大きいですよ。
これまで、「老人の美学」ということを言ってきたけれども、やっぱり、それは醜い場面もあるわけなんです。だけど、その醜いところを、なるべく醜く見せない工夫が、美学になるんでしょうね。なかなか人間、達観しないものです。達観できない。だけど、それを達観したように見せるんですよ(笑)。
(第1回から読む)
※週刊ポスト2024年11月8・15日号