思い出の鯉こく
絶品鯉こくで汁物が酒に合うことを改めて確信
「かんぱーい!」
風薫る5月某日の午前11時7分、ごくりと飲んで同時にひとこと発した。
「うまい!」
そこへ、鯉こくが来た。私は鯉こくを、日ごろは食べない。けれど、鯉こくと聞くと、ノスタルジーを覚えるのだ。郷愁と言ったって東京生まれ東京育ち、東京を一度も出たことがない私の郷愁は、東京都下、三鷹である。いや正確には三鷹に隣接する調布市の深大寺だ。
昔そこに池があって釣り堀になっていた。兄が鯉を釣り、喜んだ父が家へ持って帰り、1日か2日か盥(タライって若い人たち、わかるかな)で泥を吐かせて、オフクロが鯉こくを作ったのだ。鯉こくとは、鯉の味噌汁。あれが私の鯉こく初体験。今も、猛烈に懐かしい。
そんな思い出の鯉こくを、本日口にする最初の食事として味わう。
「うまい!」
また、ふたり揃って声が出た。
コクというのはつまり、濃いということなのか。それが鯉(コイ)にもかかるので、頭の中では、川や池の水面直下を悠々と流れるように泳いでいく鯉の丸くて太い姿が浮かび、悠々たる姿がそのまま味に表れているような気がしてくるのだ。
次に来たのは鰻の蒲焼。いつも通り、申し分ない。この店では立派な鰻が安く食べられる。持ち帰り用のうな重を10も20も買い入れて、友達の待つ酒の席へ持っていくという店のファンの話も聞いたことがある。わかるんだな。この味、この店を、たくさんの人に知ってほしいという、その気持ち、その心意気。ちなみに、そのファンというのは、銀座「ロックフィッシュ」の店主である。
鰻は蒲焼きと白焼きがあり、両方頼む客も多い