車窓から多摩川を眺めていると懐かしい酒の思い出が頭をよぎる
京急線に乗って川崎へ
蒲田は昭和初期には映画の撮影所があるモダンな街だったが、戦後は闇市が形成され、高度成長期には中小の工場が集積し、労働者がたくさん住みかつ働く街だった。ホルモン焼きや一杯飲み屋、スナック、バー、その昔はキャバレーなんかもあっただろう。いろんな店があって、その頃の匂いはまだ、街角にふっと香るような、そんな気がする。
商店街から左へ入る路地を何気なく覗くと、金春本館という中華の店があった。ああ、これは、昔、来たことがある店だ。
蒲田は中国から引き揚げてきた人が中華店を開き、その餃子が有名になった。たしか「你好」。その親類の店が、この「金春本館」だったのではないか。前回訪ねた「石川家食堂」で、中国人女性が作ってくれた餃子を父の部屋で食べた昔のことを思い出したけれど、図らずも今回もまた、餃子の思い出に行きついた。
商店街を抜けると、京急蒲田駅の前に出た。ここで、ふと思い立った。ここからなら川崎が近い。たしか3つめが川崎だ。
「川崎、行こうか」
ケンちゃんに声をかけると、「それならご案内したい店がありますよ」。なんとも頼もしい返事が返ってきた。
京浜急行の川崎・横浜方面へ向かう各駅停車は、京急蒲田を出ると、雑色駅に停車した。この街も歩いたことがある。もう10年も前になるが、『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)という本を出させてもらった。奥多摩から多摩川の河口まで、概ね川沿いに下りながら居酒屋や食堂、中華屋、川原、公園など、気の向くままに酒を飲むという、長い散歩酒の記録である。この、仕事と呼べるかどうか定かでない取材歩きをしていたとき、雑色駅から、次の六郷土手駅の横を通り、多摩川の河原で酒を飲んだのだ。
多摩川を渡ってあっという間に川崎到着
六郷の河川敷のグラウンドに寝転び、コンビニで買った缶入りのレモンサワーを、雑色駅近くのやきとり屋の店頭で買い求めたやきとりを齧りながら楽しんだ。ひとりきりで、何も考えずに歩き、休み、少し飲む。少年たちの野球の練習を眺めてしばし感傷的にもなった。
あれは、楽しい飲み歩きだったな。わずか10年ほど前の話なのだが、妙に懐かしく、京急線が多摩川を渡るとき、窓からの景色に心が和み、ああ、多摩川だと、小さな呟きももれた。

