飲みながらカクテルの由来に思いを馳せる
甘くて強いネグローニ
さて、2杯目だ。隣の外国人に触発されたものか、いかがしましょうかと目で促されるや、ネグローニ、と発声していた。
ジンとカンパリとスイートヴェルモットを1対1対1の割合で混ぜるだけのシンプルなカクテルだが、たしか今、世界でいちばん飲まれているクラシックカクテルなんだそうです。それで最近、バーで次は何にしようかなと思ったときに、頼んでみている。
この1杯は、甘くて強い。なにしろ、混ぜ物に果汁もソーダも入らない。3種類の材料はすべて酒であるから、なかなか手ごわいのである。が、しかし、甘いのだ。とろりと甘い。昨今、甘味に興味が出てきたと言ったその舌の根の乾かぬうちに、書く。ああ、甘い。
このカクテルを発案したのはイタリアのカミーロ・ネグローニ伯爵とされている。もともとイタリアにはカンパリとスイートヴェルモットに炭酸を加えたカクテルがあったのだが、この伯爵、アメリカへ行ってジンの味を覚えて帰国すると、馴染みのバーテンダーに注文したのだそうだ。炭酸の代わりに、ジンを入れてくれ――。
伯爵考案のこの強くて甘く、カンパリの苦みもあるという複雑な味わいのカクテルは、伯爵の名前をとってネグローニと名付けられたらしい。
日本にも伯爵はいた。初代総理大臣になる伊藤博文という方も、最初は伯爵で侯爵から公爵へと昇格したそうです。でも日本には、イトーとかヒロブミというカクテルは見当たらない。それもそのはず、伊藤博文が伯爵になったのは1884年、明治17年であって、この時期の日本にバー文化は開花していない。横浜の外国人居留地にあったグランドホテルでは洋酒の提供があったらしいが、日本人が馴染めたわけではない。現在のバーにつながる洋酒文化の開花は大正時代のカフェーの登場を待たねばならない。
ちなみに、伊藤博文が伯爵になる2年前、浅草の神谷バー(当時は「みかはや銘酒店」)では、電気ブランが誕生している。すごいんだねえ、あのお酒。改めてそう思う。
