カクテルは店による違いも楽しみたい
ふくよかでやさしいマンハッタン
さて、このあたりで締めの1杯としようか。ウイスキーをそのまま続けるとして、今度はウイスキーベースのカクテルの王道、マンハッタンを注文する。ベースとなるのは、ライウイスキー。店によって、カナディアンクラブを使ったり、ウッドフォードリザーブなどのバーボンを使うこともある。深澤さんがカクテルを調合する場所は、私の座ったポジションからは少し離れていたし、カウンターには別のお客さんも何人か座っていたので、確かめることはしなかった。
出てきたマンハッタンを口に含むと、ちょうどいい甘さだ。スイートヴェルモットの種類なのか、量なのか。それとも、ベースのウイスキーを混ぜるなどの工夫があるのか。私などの舌では判断がつきかねるのだが、ふくよかでやさしい味わいに仕上がっていることはわかる。
この日、マンハッタンが5杯目の酒なのだが、この頃になって調子が出てくるのも、困ったものだ。調子が出てくるというのは、酒がますますうまく感じられる、という意味だ。
女性バーテンダーの小河原裕花さんにそんなバカ話を聞いてもらう。この方も、酒は好きなようで、江ノ島海岸でバーベキューに興じた後、バーになだれ込んで大いに飲んできた、というような男勝りの話も聞かせてくれる。
気取りがなく、それでもバーテンダーとしての型をきっちり守る。この店がもっている雰囲気を体現するかのようで、会話も楽しい。
さて、もう1杯、どうしようか。マンハッタンまでたどり着いた後で、マティーニで締めるのも好きな流れ。でも、ようやく身体が目覚めてきた感じでもあるから、もう少し飲みたい。しかしながら、店は夕方早くからのお客さんで賑わい始めている。あまり長居をするのも気が引ける。そうか、ここはひとまず撤収して、河岸を変えることにしよう。
外へ出ると、雨が強くなっていた。台風前だよ、早く帰れ――。そう自分に語りかける声が頭の中で聞こえているのだが、一方では飲みたい気分が力強く渦を巻き始めている。なんとも不穏な、雨の日の夕刻なのであった。
隠れ家のような空間で昼から酒と葉巻が楽しめる(「STING」東京都新宿区新宿3-8-2クロスビル3F)
【プロフィール】
大竹聡(おおたけ・さとし)/1963年東京都生まれ。早稲田大学第二文学部卒。出版社、広告会社、編集プロダクション勤務などを経てフリーライターに。酒好きに絶大な人気を誇った伝説のミニコミ誌「酒とつまみ」創刊編集長。『中央線で行く 東京横断ホッピーマラソン』『下町酒場ぶらりぶらり』『愛と追憶のレモンサワー』『五〇年酒場へ行こう』など著書多数。「週刊ポスト」の人気連載「酒でも呑むか」をまとめた『ずぶ六の四季』や、最新刊『酒場とコロナ』が好評発売中。

